男の価値 | ひより

男の価値


男の価値とは何だろうか?という居酒屋で盛り上がりそうなテーマで話をすると、



まあ、抱いた女の数だとか、地位や名声やら、種を残すことやら、稼いだ金額やら、家の大きさやら、嫁さんのキレイさやら、車の質やら、そんな表面的な話ばかり。




もちろん、それらすべてが間違っているとは言わないけれど、そんなものが男の価値だとすると、ずいぶん男って生き物は寂しい生き物だな、と悲観してしまうわけで。




では、私が考える本当の男の価値とは何か?と言えば、最後は「家族の幸せ」なのではないかな、と思うのだ。




言い換えれば、配偶者と成長した子どもを見れば、その男の価値のほとんどがわかるのではないだろうかとさえ思う。



たとえば、配偶者の性格や容姿、立ち振る舞い、愛情、それらは全てと言って良いほど、男が関係してくるだろうし、子どもの人間形成しかり、まさに男がその環境をどう作り上げたのか、ということに起因せざるをえないだろう。




そしてその結果が、「男の価値」を決めていると私は思うのである。



「そんなこと言ったら、独身の俺は価値が無いのか!」という独身者の男達へ。



はっきり言えば、ずばり価値は無い。



ただそれは、人間としての価値を否定するものでは一切なく、男としての本質的価値(生物学上ではない本質)が「 今 の 所 」ないと言っているだけだ。



当然、一人の人間としては、ある一定の社会的ルールさえ守れば自由に生きて良いと思うし、それを他者にどうこう指図を受ける必要も義理も無いだろう。



しかしながら、男が一人で生きて行く、などというのは、正直「お荷物を背負いたくないという甘え」にしか思えないのだ。



もちろん、「いやいや、好きな人ができないんだ!」とか「彼女ができないんだ!」という独身男もいるだろう。


しかし、その貴方、人を愛する努力や訓練はしましたか? 魅力ある自分になるように努力しましたか?


結局は、努力したフリか、してこなかったか、諦めたかではないですか?



それは自分に対する「甘え」ではないのですか?



とまあ、男の私が、男に対して厳しく喝を入れたくなったのも、年々男が男らしくなくなっているような実感を覚えてならないからであって、彼らを陥れたいわけでも、完全否定したわけでもない。




もちろん、この話はなにも男だけではなく、女にも言えているということを最後に付け加えつつ、そしてまた、私が多くの大衆人に嫌われたことを自覚しつつ終わる。