武器輸出三原則の撤廃 | ひより

武器輸出三原則の撤廃


ようやくですが、我が国を縛り続けてきた一つである武器輸出三原則の撤廃に向けた動きが活発化してきました。


個人的には、日本製の戦闘機などの武器が他国の戦争で使われ、多くの人々が亡くなるかもしれないことに決して諸手を上げて賛成はできません(政府は紛争国には輸出しないとしていますが、そんなものは転売されたらわからない)



しかし、ここでもまた、「じゃあ、それをしなければどうか?」という現実問題と向き合わなければなりません。(前回でも話したように、やるのもやらないのも、双方にリスクは存在するわけですから)




現実として、日本の軍事システムはアメリカに完全依存していると言っても過言ではありません。



言い換えれば、アメリカの力が弱まった時(既に弱まってますが)、またアメリカの経済が落ち込んだとき、日本は独自で自国を守るどころか、アメリカの国益に沿ったことを強いられることになるのです。



たとえばTPP交渉にしても、最後にアメリカが、「日本に武器は売らないよ」と言ってしまえば、日本側としては強行的に自分の国益を守るとはできないでしょうし、相対的にアメリカの力が弱まれば、それに呼応するように、日本も力を弱め、中国に付け入る隙を与えてしまう事になるでしょう。



このように現実を考えた時、依存から脱する一つの手段として武器輸出三原則の撤廃は喫緊の課題となる事は避けられないでしょう。



また、そのメリットの側面として、アメリカに武器を輸出できるというのも大きいでしょう(アメリカが買うかどうかは政治的判断ですが)



相互に依存関係になれば、アメリカも日本を蔑ろにすることが難しくなるからです。





しかし、同時にデメリットも存在します。



先に話したように、日本製の武器で誰かが殺されることもあるかもしれませんし、アメリカのように、軍産複合体を産み出す可能性もあります。



そういったリスクを踏まえた上で(全てのリスクを排除することは不可能だけれど)、依存から脱していく方法というものをしっかりと議論していかなければ、それこそ平和な未来など構築できるわけがありません。



正直、理想を語るのは簡単なことです。



武器のない、それこそ、核のない世の中になればいいとは思います。



しかし、現実には、アメリカもインドもロシアも、ましてや日本が敵国認定されているかのような態度や行動を繰り返す中国や、危うい独裁国家の北朝鮮でさえも核を保有してしまっているという事実を変える事はできませんし、アメリカの相対的弱体化と中国の台頭という現実を否定する事もできません。



こういった地政学的問題や事実を直視すれば、当然、我が国としても、最大限リスクを回避する努力をしなければなりませんし、そのためには核の力の均衡というものも考えざるを得ないのではないでしょうか。



歴史が物語るように、世界の現実は日本人が思っているほど理想的ではないのです。(むしろ、かなりえげつないでしょう)



正直、このような平和ボケした我が国において、核保有は非現実的であるとは思いますが、それでもそういう議論さえしない、というのは極めて平和維持に対する傲慢と妄想でしかないと私は思います。



先人達が命を捧げて守ろうとした日本を、私たち現代人が、当たり前のように享受し、何もしなければ何も起きない的な思考停止でもって壊してよいものでしょうか。




憲法9条さえあれば日本は平和になるだとか、武器を輸出しなければ日本は平和になるだとか、集団的自衛権を行使しなければ日本は平和になるだとか、いい加減、理想論と妄想をやめてもらいたいものです。

(もちろん、武器輸出や集団的自衛権をやったからといって確実に平和維持が出来るかといえばそうではありません。しかし、少なくともやらないよりはやったほうが確実にリスクは低くなるでしょう。ようは確率の問題です)



そして、本当に平和維持を願うのであれば、「何もしない」から、「平和のために何かをする」に国民の意識がレジュームチェンジしなければならないと私は思うのです。