岩盤規制とは一体何なのか? | ひより

岩盤規制とは一体何なのか?



「私はこれからの3年を、集中的な改革の期間と位置付け、持てる政治力を、投入します。 固い、岩盤のような日本の規制を、私自身をドリルの刃(やいば)として、突き破ろうと思っています」



安倍総理は以前、講演にて、このように発言なされていますが、そもそもこの岩盤のような日本に規制とは、一体何のことなのでしょうか?



それをひも解くにはまず、民主主義経済とは、「経世済民」(人々の暮らしを豊かにするため)が根幹であることを理解しなければなりません。



そう考えた時、規制というのは、当然必要になります。



なぜならば、ボクシングに喩えれば、ミニマム級と、ヘビー級のボクサーを同じリングに上げれば、どんなに強いミニマム級ボクサーでも、ヘビー級ボクサーには勝ち目がありませんから、そこをルール化(規制)しなければ、ヘビー級のボクサーだけしかチャンピオンになれなくなるからです。



これは、言い換えれば、規制を壊す=ルールを無くすわけで、一部の強い者だけが勝ち、その他は敗者になることを意味しているわけです。



ですから、ミニマム級のボクサーを守るためにルール化されているということは、ミニマム級という階級自体が規制ということになります。



ここまで言えば勘の良い読者の方にはお分かりでしょうが、岩盤規制の正体は、「ほとんどの国民」ということになるのです。




その「ほとんどの国民」を多数で決める民主主義で選ばれた政権のトップである安倍総理が、私自身のドリルの刃で突き破ると発言しているのですから、これこそ、民主主義経済を真っ向から否定しているということに他なりません。



にも関わらず、安倍政権の経済政策を賛美する人々が絶えないのですから、ワタクシとして意味不明なわけです。



もちろん、彼らに思慮深さがなく、言い換えれば自分はミニマム級に属しているにも関わらず、ヘビー級ボクサーの言い分が正論(実際に正論ですが、正論が社会において正論であるというのがそもそも間違い)に聞こえてしまっているというのが大きいのでしょう。



しかし、それはまさに自分で自分の首を絞めている自殺行為なのです。(きっと本人達は自分がヘビー級以外に属しているとは思っていない。ある種、他人事になってる)



そもそも、このように規制改革をする思想=新自由主義は、民主主義とは極めて相性が悪く、むしろ相反するものであります。



先に述べたように、ヘビー級のボクサーは国民の一部の一部だからです。(民主主義経済においては、多くの人の幸せを構築することが目的ですから、新自由主義がいかに民主主義とは考えが異なるかは、おわかりいただけると思います)



また、安倍総理のことをファシストと名指しで批判する方も居ますが(たぶん、この人たちは集団的自衛権や秘密保護法で言ってるがこれは間違い)、正しくは反民主主義者と言った方が良いのかもしれません。



しかしながらこのように反民主主義的な政策を取っているにも関わらず、国民からはそこを指摘する声はほとんど聞かれません(集団的自衛権ではあれだけ騒ぐのに・・・・)




なぜでしょうか? その根幹には無関心と想像力の欠如があると言わざるを得ません。



日本人の多くが、国のこと=どうでもいいという自己閉鎖的かつ自己中心的な考えが主流となってしまったからではないでしょうか?



本来ならば自分たちが当事者なのですが、その当事者意識がまるでないわけです。




ですから、一人でも多くの日本人が、想像力と思慮深さ、他者への配慮と公共への関心を持ち、当事者意識を持てるようにならなければ、この国の未来は明るいものにはならなはずです。



もし、多くの国民がそのように考えれるようになれば、民主主義で選ばれた政権がこのような国民経済を破壊するような暴挙を取れるはずがないのですから。