リフレ派の虚構と国土強靭化の本質 | ひより

リフレ派の虚構と国土強靭化の本質

一部のというか、安倍総理を含め、今の政権内部にも多くの政治家、経済学者(有識者)が、金融緩和によってデフレは脱却できるという考えを強く持っているように思えます。


所謂、物価はマネーサプライを日銀によってコントロールすれば名目で物価を上げられ、結果、名目GDPが増えるというのが彼らの考えです。


ですから当然、国土強靭化計画なる大規模財政出動などは、財政を圧迫するだけの「無駄」となるわけです。


また、彼らの考えの根本は、国土強靭化=低所得者又は失業者を養う社会保障的(福祉とも言える)なものであり、グローバル市場、市場原理を優先させる彼らの考えとは真っ向から対立するものなのです。



では、ここで本当に彼らの言う、名目物価を上げれば、景気はよくなるのか、ということを考えてみたいと思います。



まず、デフレ下においてマネーサプライを増やすと、そのお金はどこに回るでしょうか。


当然、需要よりも供給側が多い状態(デフレ下)においては、将来的な投資や消費に回すよりも、金融市場や不動産投資に回りやすくなってしまいます(そこで政府が国債を買い取って財政出動となるわけですが、、、)



その結果、円安による物価上昇が生じる一方で、内需は拡大せず、国民の給与が増えるというのは難しくなります(上がらないとは言わないが、大部分は可処分所得が減り、スタグフレーションが起きる)




しかし、一方では一部の投資家が、株の利益(キャピタルゲイン)や不動産売買の利益を出し、また、輸出企業の為替益が増え、いざなみ景気のような現象も起きます。



「まあ、それでGDPが増えればいいじゃないか」という意見もあるかもしれませんが、当然のことながらそれは格差を広げますし、そもそも株価や不動産の上昇はマネーストックの上昇であって、フローの上昇ではないですから、実質、GDPには直接的な関係はありません(株や不動産で儲かった人が高級品を買うなどはありますが)



また、実際に規制緩和や構造改革、金融緩和を行い、と同時に公共事業を減らした小泉政権下では、格差の度合いを計るジニ係数が0.498から0.532へと拡大し、発展途上国並みに上がってしまったという結果もあります。




しかしこれらの事実も、彼らは、数字的にGDPが増えればそれでいいじゃないか、という目先の考え(もしくはトリクルダウン説)であり、特に、地方と中央の格差や低所得者と高所得者(投資家など)の格差については、全く触れようともしません。



また国土強靭化は先に申し上げた通り、防災、減災、失業対策以外に、私たち日本国民の安全保障に不可欠な「多様性というものを担保するのに、極めて重要なのですが、彼らにはこの観点が完全に欠落しています。



地方と中央の格差が広がれば、当然、一極集中が起き、その一極にもしものことがあれば(実際に首都圏の地震は30年で70%来ると言われているので、万が一でもなく、ほぼ必ず来ると言っても過言ではない)GDPの3分の1を私たちは失うかもしれないというのにです。



そうなれば、当然、我が国を維持していく全ての物が破綻するでしょう。言い換えれば国家消滅の危機と言っても言いすぎではない事態が現実として起きてもおかしくないわけです。



これを避けるには、絶対に多様性が必要になります。どこかの都市が壊滅しても、それを助ける人材、資金、技術を担保させておくわけです。



当然、それには地方の発展と、都市部集中の拡散ということが不可欠になります。そしてその政策が、まさに国土強靭化計画であり、その本質(一丁名一番地)なのです。



しかしながら、そういった安全保障という観点が欠落した彼らは、またその特徴として、国が大きく関与するような(社会主義的な)政策を忌み嫌うという傾向が見られます。



それは彼らが人間の理性を重んじ、合理主義を崇拝しているからに他ありません。




国土強靭化は、確かに有事が起きなければ無駄なのかもしれません(それでも格差の問題は残りますが)しかしながら、常に平時である国など、歴史上どこにも存在しません。



必ず、有事は起きるものなのです。それも災害大国の我が国においては、極めて高い確率で起きてきているのです。




このようなことを配慮、危惧せずに、合理化を進めていけば、必ずその合理は「最も非合理な結果」を生むでしょう。



そうならないために、断固として国土強靭化をすすめなければなりません。



もちろん、現在の土木、建築業界においては、ここ数十年で類を見ない「復興、東京五輪」と大規模な事業があり、また橋本政権から、一貫して削り取られてきた公共事業によって、多くに人材と技術が失われてしまったという背景もあります(これもまた土木、建築を安全保障として捉えなかったツケです)



このように、供給量が極度に需要を下回ってしまった状態では、国土強靭化計画もおざなりになってしまう危険性すらあります。



そこにきて建設業界から政府に外国人労働者の受け入れを申請したというニュースが飛び込んできました。



経済評論家のJ氏などは、それを踏まえた上で「国土強靭化を止めるか、外国人労働者を受け入れるかの二択だ!」と声高々に叫んでいますが、私はこのような二極論にはまったく賛同できません。



確かに、現在の人材不足は否定しようもありませんが、政府がしっかりコミットメントして長期的に公共事業(国土強靭化)を進めるというのであれば、民間の計画と違って、かなりの信用性がありますから、建設、土木業者は、それに向けて、必ず投資や雇用を拡大するはずです。



また、その人材も日雇い労働者や失業者、低学歴者の若者など、社会の底辺層を取り込む事によって、中間層が厚くなり、それは同時に格差を是正するということにも役立つのです。



辛い割には低賃金だから日本人はやりたくない、のではなく、しっかりそこで高給取りになれる仕組みを政府が率先して関与すべきであり、それは安易に安価な労働賃金で雇える外国人労働者の活用などであってはなりません。



土木、建築は、失礼ながら汚い、辛い、臭いかもしれませんが、そういうことこそ日本人がやるべきだと私は思いますし(エラそうなことを言っても自分はできない)それが我が国の安全保障の一環であることをご理解いただけたらと思います。




まだまだ書き足りませんが長文になるので、今回はこの辺りで終わりにさせて頂きます。




※友人である桜島お湯割りさんが秀逸なコメントを寄せていただいています。ぜひ補足として読んで頂けたらと思います。