民主主義の光と影
昨日、参議院選が終わりました。
その結果を見て、私はまさに、民主主義の光と影をみたような気がします。
まず光の部分ですが、
中山恭子氏、赤池まさあき氏など、外郭団体などの支持を受けず、この国のため、国民のために、自分の命を捧げる覚悟で働いてくれる優秀な議員が、数名、ちゃんと当選してくれたことは日本にとって希望の光ですし、彼らを見極められる目をまだ日本人は持っているという証明だと思うのです。
それも中山恭子氏に限っては30万票以上も票を獲得しての当選ですし、赤池まさあき氏などは、三橋貴明氏や上念司氏などの若手エコノミスト達がネットで支援を呼びかけなければ、当選できる可能性の低い候補者でしたので、ネットの力というものを強く感じることが出来たという意味では大きな進歩と収穫だったように思えます。
また宮城選挙区で盤石な地盤を持っていた、売国奴中の売国奴、反日デモで有名な民主党の岡崎トミ子氏が落選したことも、まさにネットの力が大きかったのではないでしょうか。
さらにこれは個人的になのですが、社民党、緑の党、みどりの風、自分の選挙が第一、
(あ、国民の生活が第一だったか?)
らの少数政党が壊滅的になったことです。
社民とみどりは今回の選挙結果で、政党要件を満たせず、諸派です。
まあ3年後には自分の選挙が第一の国民の生活さんも同じ仲間に加わる事でしょう。
消えてくれてありがとうございます。と言いたいですね。
次に影の部分ですが、東京選挙区で山本太郎氏が、なんと65万票もの票数を集め、当選したことです。
彼は中核派、市民の会という極左勢力の支援を受けているということを、彼に投票した人たちはご存知なのでしょうか?
原発=危険という感情に訴えるシングルイシューだけで、論理的に、また複合的なマクロで物事を判断できない彼の資質を理解しているのでしょうか?
私からすると、落選した民主党の鈴木寛氏の方が、よほどまともな議員であったと思います。
ではなぜ、山本太郎氏のような、「行動力のある馬鹿」に投票する人が増えてしまったのか?
それを若者の政治ファッションだとか、無知とかと切り捨てるのは簡単ですが、私はそこに、ある種の民主主義の限界を見た気がするのです。
民主主義はもちろん国民による国民のための政治です。しかし、あまりにも国民のリテラシーや知識が低い場合、それは低レベルなポピュリズム政治に陥ってしまうという危険性もあります。
実際にこの国は、小泉氏の郵政民営化、反対か賛成かに始まり、政権交代、脱原発、第三極、アベノミクス、それらのシングルイシューだけで、右往左往した選挙結果になってしまっています。
また、今回の山本太郎氏の当選を見て、私は率直に、「小僧寿司」(三流)の味しか知らない人間の多さに愕然とし、また彼らはようやく自分の口に合う寿司が出されたと歓喜したように見えたのです。
自分と同じ、低いレベルに合った政治家(小僧寿司)の登場は、彼らにとってはリアリティーがあったということなのでしょう。
しかし、そのようなレベルで政治を行っていては、日本は世界から馬鹿にされ、いずれ滅びてしまいます。
小僧寿司じゃなく、本物の、一流の寿司(政治家)を見極められる目を養うために、国民一人一人がもっと真剣にこの国について複合的(マクロの観点から)に学ぶ必要があると思うのです。
さらに影の部分を強く感じたのは、創価、いや失礼。公明党が比例で上位6位までを独占した事です。政教分離という憲法を根本から揺るがす事態だと思うのです。(自民党が黙認し続けているのも大きな問題です)
また民主党の比例上位も、全て労組&日教組という反日左翼系の団体にずぶずぶの議員達です。
民主党の議員が減って喜んでいる人もいると思いますが、残った議員は、生粋ですからそれはそれで厄介なのです。
共産党に関しては多くは語りませんが、いくら野党が頼りなくても。。。。。という気がしてなりませんが、、、
まあ、民主主義に光と影があるには重々わかってはいたことなのですが、ここまで顕著に現れると、私としては、民主主義がすでに機能していないのではないのか?という疑念に襲われてしまうのです。
かといって独裁や共産が良いとは言いませんがね、、、、悩ましいとこです。