グローバリゼーションと国家観
世界の情勢はますます複雑化し、グローバル化も著しく進んでいます。
日本でも産業競争力会議なるもので、そういったグローバルな戦略が日々、練られています。
そこで、今回はグローバルというものについて考えてみたいと思います。
まずは一言でグローバルと言っても、グローバリズム、グローバリゼーションなどがあります。
わかりやすく説明すると、グローバリズムは主義主張で、グローバリゼーションは現象を意味します。
例えば、携帯電話が世界的に普及するのは自然現象なので、グローバリゼーションですが、故意に戦略的に広げるのであれば、それはグローバリズムになるわけです。
例えば、EUなど元々国家が違う状態でグローバル化させたものは、グローバリズムであり、TPPなども同じようなグローバリズムなわけです。
しかしながら、グローバリズムの先駆けだったEUはご存知の通り、ドイツの一人勝ちで、ほかの国は破綻、もしくは破綻寸前に陥っています。
アメリカもまたグローバリズムを進めた結果、貧富の格差が広がり、国を揺るがす社会問題となっています。
ではなぜグローバリズムは格差を生み出すのか?
それは国家観が無い(もしくは優先順位が低い)からに他ありません。言い換えると、国家の上に自由市場経済があるのです。
ですから、国家は弱者を守れません。強者を抑えることもできません。いうならば市場原理主義の弱肉強食なのです。
その結果、EUのドイツやアメリカのウォール街の住人などのような極端な勝ち組を生み出したのです。
もちろん、ある一定の自然現象的なグローバリゼーションに逆らうことは、よほどの恐怖政治をしない限り、どの国も、誰にも止めることは出来ません。
しかし、あえてそれを促進するような動きは、明らかに勝ち組主導であり、エゴイズムの最たるものです(またそういった人間が権力を持っているのですが)
そしてそのグローバリズムの最終的な目的地は、国家なき世界です。
人、物、金を全世界で、同じ条件で流動させるということです。
そんな世界を想像してみてください。全世界の中で極端な勝ち組と負け組が生まれ(もちろん国内でも)、最後はのたれ死ぬか、戦争を起こさざる得なくなります。
そして、それを唯一食い止めることが出来るとするのならば、それは国民一人一人がしっかりとした国家観を持つ事だと私は思うのです。
国家観というのは、自立を意味します。たとえグローバリゼーションの波に飲まれても、しっかりと自国を自立させる、それが国家観なのです。
具体的には、通貨発行権や関税、自主的財政出動などが上げられますが、最後は国内総生産(GDP)をしっかりと成長させ、国防を安定させることが一番だと思います。
そのためには何が必要なのか、先ほど言った通りに、国家観をしっかりと持った政治家を国会に送る事、そして自分たちもそこを自覚し、世界と向き合う事なのです。
アベノミクス(経済成長戦略)が巷では騒がれていますが、私としては、アベノミクスは、あくまで手段でしかなく、最終的には、グローバリゼーションの荒波の中でも、しっかりと国家を自立させることが目的だと理解しています。
そういった観点からも、ぜひ、皆様には国家観のしっかりとした政治家を選んで頂きたいと思うわけです。
参考までに、西部先生のお話です。