官僚、公共事業は悪なのか? | ひより

官僚、公共事業は悪なのか?



民主党が政権を取った三年前、「コンクリートから人へ」「政治主導」このスローガンを掲げ、




多くの国民がそれを支持してきました。




汗水垂らしながら、微々たる金を稼ぎ、不況となれば身を削って耐えるしか無い、そんな一般市民にとってはたしかに、これらの言葉は非常に耳障りの良いものです。



そしてその背景には、「無駄な公共事業」「官僚統治」に対する憤りがあったというのも事実でしょう。




しかし、これらは本当に真実だったのでしょうか?



私はそこにおおいに疑問があります。




まず、この国はバブル崩壊後、20年以上の間、デフレ不況に苦しんでいます。


その間、小泉政権下においては、「改革には痛みが生じる」と言って、緊縮財政を実施してきました。



いわゆる、大きな政府から小さな政府への転換とも言えます。



それによって公共事業は大幅に減らされ、規制緩和が行われました。



結果、そこには大きな痛みが生じました。しかし、どうでしょうか?私たちは痛みだけを感じ、その後に喜びを得たでしょうか?



今なお続くデフレ不況が真実を物語っています。



それは緊縮財政ではデフレを脱却できないという証明でもあります。




それでもマスメディアは「公共事業は無駄だ!悪だ!」と発信し続け、国民を騙し続けています。




それによって、必要な景気対策、公共事業は行えずに、冷めたみそ汁がより冷めてしまいました。




これでもまだ公共事業は必要ない、無駄だ、悪だと言えるのでしょうか?





実は財政出動(公共事業の促進)というのは、インフレ下では熱を与えすぎますが(バブル)、デフレ下においては、冷めすぎたみそ汁を温める役割(景気回復)があり、当然ながら、悪とか、無駄だとかそういった議論は本来、まったく論点が違っているわけです。



それなのにも関わらず、未だにマスコミは「公共事業悪」の大合唱。どうやらマスコミはこの国の経済を良くしようとは思っていないようです。





また、官僚統治への批判もしかりです。



もしも、この国が官僚統治出来ていなければ、どうなっていたでしょうか?



現在、毎年総理がコロコロ変わり、閣僚などは下手をすれば月変わりするような政治体制なのです。



そんな政治が主導して、本当にこの国の国益が守られるでしょうか?



答えは当然NOであります。




しかし、そんな当たり前のことをなぜ、人々は理解出来ないのでしょうか。



それは選挙とは関係のない官僚システムが民主主義と相反するものだからです。



言い換えると、民衆からすると(政治家もそうですが)仮想敵にしやすい、都合のいい対象だったとも言えます。




もちろん、官僚が全て国益のために動いているか、という事に対しても疑問はありますが、少なからず、官僚ありきのこの国であることは、なんの疑いもありません。





そこを踏まえれば、今、公共事業は悪なのか、官僚は悪なのか?必然的に答えは出ると思います。




マスメディアの偏向、偏狭報道に惑わされる事無く、情報リテラシーをしっかり持った日本国民であって欲しいと願うばかりです。