情報処理能力による格差社会
ここ最近、原発を中心に、いろんななデマや風評が起きている。
この一番の要因は、情報不足。
しかし、よく考えてほしい。
現代において、情報不足というのはありうるだろうか。
ネットによって、凄まじい情報が氾濫しているではないか。
昔なら図書館にわざわざ出向いたり、辞書で調べたりしていたものが、
クリック一つでわかってしまう。
その反面、そういったツールを持たない人間や、うまく使いこなせなかったり、その情報の出所や、正当なものかの判断がつかないといった情報弱者が生まれているのも確かだ。
情報が膨大である以上、その処理能力によって、格差が生まれるのは仕方の無いことではあるが、
現代、未来を考えると、この情報処理能力こそが、個人の能力差となりうるのだろう。
ではその情報をどうやって処理するか。
ここが一番の問題である。
個人的には、
情報の出所(専門家などの意見かどうか)、
説得力(論理的かどうか)
客観性(個人的な感情論ではない)
これらを元に、自分なりに円を描き、その中心に来るものを真実に近い物として取り入れている。
これらを無視すると、それこそ、みのもんたの意見に惑わされ、風評の中心に飛び込まなければいけなくなる。
さらに、その情報が多ければ多いほど、円は細かな曲線を描き、より、正確な情報となるのだろう。
今回の買占めや放射線などの件は、まさにその情報を掴んでいなかった人たちが、騒ぎ立てたからにほかならない。
冷静に膨大な情報を処理する、それこそ、今後に求められるものだ。