自由になりたい、とずっと思っていた。




高校生までは、早く20歳になって

好きなことをしたいと思っていた。

お金を稼げる年に、早くなりたかった。

時間だけは、ありあまっていた。


自分でお金を稼げるようになると、

そのお金を稼ぐための仕事に

縛られるようになった。

自分の時間が極端に少なくなった。

やむを得ない人間関係を、

考えることも増えた。


そして、この前テレビで、

「お金をもつと、自由になったように見えて

 お金の概念にしばられてしまう」

と言っていた。


もし私がお金をたくさんもてたら、

今の状態の私をうらやましく思うことが

あるのだろうか。





人間は、生きている限り

法律や社会やまわりの人や概念など、

何かの点で縛られなければならないらしい。


もちろん、そのことたちは

生きるために必要であり、

そのすばらしさに感動することも多いのだけれど。



縛られることと頼れること。

自由なこととひとりぼっちなこと。

うらおもてだな、と思う。



人間は、結局、一人だ。

とっくにわかっていたけれど、

やっぱり実感するのは一人暮らしをしてからだ。


「お母さんが起こしてくれなかったから」

と、寝坊の理由さえ人のせいにしていたころが

懐かしく思い出される。

そんなことさえ人のせいにできるほど頼りきって、

自分は一人ぼっちなのだと考えもしなかったころ。



自由の裏には責任がある。

今になって、どんどん深みを帯びてくる言葉だ。


自分の責任。

自分だけの責任。

自分だけの責任と考えるとき、

自由が生まれる気がするけど、

頼れることもまた、

自由なのかもしれない。



つまり、自分が思う自由は、

人にとっての自分勝手なのかもしれない。

だから、難しい。


あー。難しい。