37年前の1985/10/31(木)
- フジテレビ『ミルっきゃないDAY』に福永、司会として出演。
- <タイマンテレフォン>に”小樽のひさえちゃん”初登場。
36年前の1986/10/31(金)
- 第一回おニャン子文化祭。
『おニャン子白書』夕やけニャンニャン完全年表より
週が明けました。
私の体調は、結局そこまで回復しませんでした💦
なので、今の時期まだ色々と心配なので、午前中の仕事前に病院に行ってきました。
今は、コロナとインフルエンザと同時にできる抗原検査があるのですね。
久々に鼻の中にあの例の棒をグジグジと押し込まれ、痛みに耐えながら検査してきました。
結果は、両方とも”陰性”で一安心😭
単なる風邪だったのですが。
若い頃はね、1日2日寝ていればすぐ治ったんだけど、やっぱりそうもいかなくなってます💧
体調を崩すと治るのに時間を有する、と言う事象は、自分の【年齢】を痛感する条項の1つになってます、私の場合😭
そりゃあさ、10代の時と比べちゃダメよって分かってるんですけどね~
ルリ子さんの笑顔を見て心は治るんだけど、文字通りの身体は中々治らない😭
単なる風邪なのに、何と情けなや。
それに次いで、今日でまさかの10月も終わりと言うこの驚愕の事実に、私は非常に驚きを隠せず、ちょっと慌ててもおります💦
ついに、年末がまた見えてきましたね・・・😓
この早さは一体何なのか?
時間って同じ進み方をしているハズなのに、この捉え方の違いと言うか感覚の差はどこから生まれるものなのでしょう?
10月最後のお宝探訪
それで、週明けからバッチリルリ子さん愛を語るぞ!と意気込んではいるんですが、まだ万全ではないのが悔しい。
でも、ルリ子さんのこと好きな気持ちだけはいつも前の日より増えているんだから!
ってことは明言と共に個人的名言ともさせて頂きます😁
具合悪いのに何上手いこと言おうとしているんだか自分、って感じですね笑。
ちょっと頭もまだボーッとしてはいるんですが、でもルリ子さんのこと書きたくて仕方ないのです。
だから(私が勝手に)頑張りまーす。
今日はですね、これまでたくさん堪能してきた10月の”ルリ子さんとの秋”を締めくくるにふさわしく・・・
最後の大トリではないですが、大きな大きな宝探しをして飾ろうと思います😄
それは、以前からずっとずっと超絶気になっている、こちらですね!
まずは表紙💞
もう皆様、私なんかが取り上げなくても十分周知の事実のものですが・・・
ルリ子さん表紙の、【月刊カメラマン】1986年12月号になります。
このルリ子さんは、多分髪の毛を結いておられないんですよね。
横の髪を耳にかけるだけの、ストレート。
何か、だから妙にいつもと違ってドキっと感が増しているように、思います。
これ、めちゃめちゃ本当の意味でもお宝ですよね!
だって、、、
ルリ子さんが唯一表紙を飾られたものになるのですから、、、
うん。
今これについては呑み込んでみた💧😭
また後で書きますけど。
ルリ子さんのこの、可憐で清楚で澄んで眩しい、そしてどこかに悲しみのようなものも見え隠れするように感じるこの表情に、のっけからもうズズズっと引き込まれまくって脳内の迷宮が幾重にも増え広がる迷宮ルビーです。。。
そしてこの瞳の奥に・・・
吸い込まれる・・・
ルリ子さんのこの瞳で見ていたもの、その奥で感じていたこと、知りたいな。
【SWEET SHOT】とつけられた表紙タイトル通り、このページだけでも十分ルリ子さんの甘さに私はノックアウトなのです。
そして目次
斜めの角度も可愛いです💞
そしてこちらは、見開きの目次ページです。
”それゆけ!ルリ子”
これは、もうちょっと可愛いタイトルにして欲しかったかなぁ笑💦
いきなり何で?って思ってしまいました。
可憐なこのお顔とタイトルのやんちゃっぷりが、合ってない気がします😅
ルリ子さんはこう言うタイプではないんだけどなぁと思ってしまいました・・・
そうですね。
せっかく表紙に【SWEET】って可愛いのがついているので、
- 【SWEET TIME】
- 【SWEET ROOM】
- 【SWEET ANGEL】
とかねぇ、よかったんじゃないのかな。
皆さんいかがでしょうか。
って、36年前のものに文句言ってごめんなさい笑。
では早速中へ
中は、こんな感じのお宝ショットだらけが並んでおります。
いやいやいや💦
どれもこれも、眩しくってとてもとても、凝視できないです😆
ジーっ笑!!
穴が開く程ジーッ!!笑
すぎょい、たまらん。
何だこの可愛さは・・・😍
普段のルリ子さんとはまた違う、”何か”がどこか違う、そんなルリ子さんに感じるんですよね。
ヒャー💞
瞬殺💞
はっ。
もう今、息するの忘れてました・・・
私を堕とすのなんて、一瞬ですよルリ子さん笑。
もうこれだけで、イチコロです😣
またねぇ、この白のノースリーブのワンピースが、お似合い過ぎなんですよ💗
眩しい、ひたすらに、眩しい。
ルリ子さんはご自分のことアイドルだなんて思っておられなかったのかもしれないけど、でもやっぱり放つオーラはアイドルなんです!
間違いないんです、他の人と明らかに異なる素敵なオーラに溢れています♪
そして、先程の左側の上段のお顔も分離いたします。
イイですねぇ、何か本当、ルリ子さんの醸し出す柔らかい雰囲気がもう、私大好きなんです。
飾り過ぎない、自然体の雰囲気。
私の中でルリ子さんは、どこかいつも冷静な目を持っておられたように映ります。
だから、決して背伸びし過ぎないところがあると言うか。
ご自分にできる範囲と言うのをしっかり見極めておられて、だからそれ以上のことは無理しない。
おニャン子クラブと言うグループ自体は80年代後半のアイドルですけど、ルリ子さんご自身はその中での自分の役割をしっかり感じておられて、その中できちんと動かれていたように思います。
って、このお写真たちを見てナゼ今これを語っているのかも分からないんですが笑。
不意にそんなことを思ったもので。
”元気ものルリちゃん”
そして、カメラ専門誌と言うこともあり、メインは写真なのですが、少しだけルリ子さんのことを説明している文章がありました。
薄いですね・・・💦
せっかくなので、何と書いてあるかご紹介しますね。
「夕やけニャンニャン」からおニャン子クラブに仲間入りした、元気ものルリちゃん。料理が趣味という現役の女子大生なのだ。エッ!?ほんとうだよ。チャーンと国文学を専攻している。何かおニャン子と結びつかないけどね。ほかにも、彼女が書く(?)体丸文字が写植になるつー話もあったり、大変なおニャン子なんだ。好きなタイプは、存在感のない空気みたいな男のコだって。お友達になりたい読者はファンレターを月カメ編集部「永田ルリ子」係まで。
色々とツッコミ甲斐のある部分がチラホラと😂
”現役の国文学専攻の女子大生”はおニャン子クラブのイメージではないってこのライターは思っているのですね笑。
おニャン子クラブ何だと思っているんだろう笑。
あと、ルリ子さんのルリール体、”大変なおニャン子”ってざっくり過ぎでしょう😂
何が大変なのだ!?
そこは、”立派”って表現して欲しい。
そんなこと含めたクレームのようなツッコミのようなもの、月カメ編集部に送っちゃうゾ
とプリプリしてたら、2020年5月号で休刊してたんですね💦
42年の歴史を持つ老舗雑誌だったようですが。。。
デジカメとかの普及で、普通のカメラは高級嗜好品になってしまったのかもしれません。
これも時代、なのでしょうね。。。
あ~、また1つ、ルリ子さんのファンレター送る術を失いました💧
若干本気😣
唯一の表紙
私の迷宮は、生涯続き、生涯増えていく。
ルリ子さんの虜。
先程、この雑誌が【ルリ子さんが唯一表紙を飾られたものになる】と書かせて頂きました。
ちょっと暗目のお話しにもなりますが、変えられない事実ですから、少しだけ気持ちを書かせて頂きます。
そうなんです。
ソロやユニットでデビューされていないって、結局そう言うことなんです。
グループとして取り上げられることはあっても、単独で【永田ルリ子さん】としてだけで取り上げられる機会は、ほとんどないのです。
あっても、これまでの雑誌のように、全体の中の1人インタビューとかそんな感じですよね💧
この頃によくおニャン子クラブを取り上げていた、DUNKやBOMBや明星だって、ルリ子さんが表紙になっていることは・・・
ないのです。
私が、ルリ子さんのことを今の時代になるまできちんと存じていなかったことも、それに繋がっています。
おニャン子クラブ出身、もしくは同時進行だったソロのメンバーは、私が中学生当時もよく知っていました。
それはなぜなら、当たり前ですけどソロで個人名が出るからですよね。
でもルリ子さんは、TVに出ておられる時もおニャン子クラブとしてその中で出られているので、個人のお名前まで知るに至らないのです。
そこが本当に、これだけ好きになってから知る寂しい事実でした。
誰に、何に、どうやって。
ぶつけたい色々な思いがあったとしても、これは行く宛のないものです。
それを今更どうこう言いたい訳じゃありません。
ルリ子さんだって、それを同情のような目で見られることは決して望んでおられないと思います。
だから、グチ的な意味で言うのじゃなく、あくまでそれが事実。
ソロとして活動していないって、そういうシビアな面を持っているのです。
夢と現実の狭間で
見ている私たちファンが勝手ながらもこんなこと思うのであれば、ルリ子さんご本人にとっては、当時どれだけやるせない思いだったのかな・・・
って、失礼ながら考えてしまいます💧
今回のは1986/12月号ですから、おニャン子クラブとして1年半以上は活動してきた頃です。
短大にも入り学業と、順調に人気の出ているおニャン子クラブと同時に平行させながら、日々頑張っておられた頃。
他の人と比べること程意味のないものはないですけど、でもこのおニャン子クラブの環境です。
まだ20歳にもなっていない、若い時期で。
周囲は続々とソロでもユニットでも活動を始めている。
ルリ子さんご自身もやってみたいこと、挑戦してみたかったこと、色々夢膨らむ頃だったのかななんて思います。
でもその一方で。
ソロやユニットがご自身の周りで活躍している中、ルリ子さんはその機会はありませんでした。
あくまで、あったとしても「WITHおニャン子クラブ」名義。
その辺のね、お気持ちが。
この1986年12月と言う、間もなく新しい年が明ける直前の時期で、どんな風に思っておられたのかなと。
余計ながらもずんずん考え始めてしまいます。
まぁだからこそ、先程急に「ルリ子さんはいつも冷静だった」との言葉が出てきた意味があるのですが💦
今回のお写真を見ていると、ルリ子さんは【本来持っていた夢】と【現実的な状況】の狭間におられらように感じるのです。
あくまで、私の感想です。
いつもいつも、余計なことで本当にごめんなさい。
1987年、年明けのラジオの中で、ルリ子さんは「いつまでも夢を追いかけていきたい」と抱負を語られていました。
誰にも遠慮のない、包み隠すことをしなくていい本当の本音の部分としては、歌手デビューや女優デビューがもちろんあったのだろうと、思います。
でも、どこかでルリ子さんの心の中では、冷静にその当時の今の現実を見つめる部分もあって、そろそろその辺の調整や修正をしていこうかな、のような思いも生まれているような、そんな気が勝手にしています。
結局、いつも同じようなことばっかり書いてますね💦
すみません。
でもね、そんな葛藤を懸命に見せないようされている健気なお姿にももう、ぐっと涙腺に来てしまうんですよね。
いや、もうほとんどダダ漏れと言ってもおかしくないのかも😭
だからなのかなぁ、私がこの時期のルリ子さんを見て切なくなるのは。。。
ダダ漏れなのですね💧
どちらの道を歩まれても...
だからルリ子さんご本人も、こうして雑誌の表紙を飾られたこと、とても嬉しかったのではないでしょうか。
オファーが来た時、心から喜ばれたのではないかな。
それが、本来の夢の中に含まれている一環なのであれば尚のこと、ですよね。
1つの小さな夢が叶った瞬間、なのかもしれません。
【おニャン子クラブの人】と言う括りで見られるより、【永田ルリ子さん】として注目され、ピックアップされた方が嬉しいに決まってると、思いますよね💦
でも結局、この雑誌が最初にして最後の表紙だった訳です。
ご本人とそしてファンの淡い期待やドキドキ感も、これ以上は現実のものになることはなく、時間は過ぎて行った。
でもそれも、事実。
それはもう、変えられません。
私は、芸能界のことも大人の事情もよく分かりませんので。
もしかしたら色々なお話しがあったのかも、しれませんが。
どちらにしても、現実にはなっていないと言うことが、事実。
でもね、残酷だななんて思わないんです。
それが、それぞれの人生と言うものなのだろうから。
生意気に、すみません💦
でもルリ子さんはきっと、どっちの道が開けても、どっちの道も頑張ったと思うんです。
もちろん人生の道は1つしかないので、1つしか歩けませんけど。
パラレルワールド的な見方で、もう1つの道が開けていたら、間違いなくそっちも一生懸命頑張られたはず。
そして、その別の道を歩んだ人生だったとして。
その時はその時で「おニャン子クラブ解散後すぐ一般の女性に戻っていたら」って多分なっているんじゃないかなと。
だから結局、キリがないってことなんです。
別に投げやりな意味じゃないですよ、誤解しないで下さいね🙏
ただ、どっちの道になっていたとしても、揺らがない1つの真実があると思います。
それは、どっちも結果【ルリ子さんは全力だった】ってことです!
そしてそう言えるのも、現実の今の1つの道を懸命に頑張られた、そのお姿を知っているからこそ想像できること。
私はそう思うんです。
ちょっとややこしいですね💦
私本当、ずっとずっとこんなこと延々考えているんです😅
余計なお世話なのに。
経営の神様として知られる松下幸之助氏の言葉の中に、こんなものがあります。
自分には、自分に与えられた道がある。
広い時もある。せまい時もある。
のぼりもあれば、くだりもある。
思案にあまる時もあろう。しかし、心を定め、希望を持って歩むならば、必ず道は開けてくる。深い喜びも、そこから生まれてくる。
またしても勝手に、ルリ子さんにぴったりだなーって思って読んでいました。
ルリ子さんの、ルリ子さんに、与えられた道。
狭く感じ、上りがキツく、思案に余ることもあったことでしょう。
けど、きっと、ご自身で道を開きながら歩いて行かれた35年だと、私は思っています😌
入手困難だからこその宝
でもとにかく、ルリ子さんをこの当時この時期に、個人としてピックアップして企画を考えてくれた月刊カメラマンの当時の編集スタッフの方々に、私は土下座をして拝み倒してお礼を言いたいくらいです。
ルリ子さんを表紙に飾ってくれて、個人のお名前を出してくれて、ルリ子さんだけに注目してくれて、ありがとうございます、と。
これが全国の書店に並んだ日、当時私ファンだったらもう、涙流して書店で買っていたはず💧
結局、これが最初で最後になってしまったのだけど。
それを思うと余計に、これがどれだけ大きな大きな宝だったかを、痛感するのです。
ただ、この雑誌。
いつか手に入れたいと思ってはいるのですが、優しいこニャン子先輩によりますと、中々入手困難なものになっているそうです😣
ヤフオクなどでは時々、出るようですね。
私、ヤフオクってやったことないんですよ💦
やり方も知らなくて、入札とか分からない😥
必ず手にします💞
でも、いつか必ずや・・・
この貴重な宝を見つけ出します!
ルリ子さんにとって、最初で最後の表紙を飾った大事な雑誌。
36年越しにぜひともこの手の中に来て欲しいです。
10月最後に、大きなお宝を再認識できまして嬉しかったです😉
私の個人主観100%の思いですが、最後まで読んで頂いた皆様、ありがとうございました。
最後に、11月のお知らせ...
ブログの最後に、少しお知らせです。
明日11月に入ってから、少し個人的な用事がちょっと増えて忙しい月になりそうです💦
いつもは平日の月火木金を主に更新日とさせて頂いているのですが、その中でも時折お休みを頂く日が増えそうです😓
明日も早速お休みとなります。
穴抜けの多い月間となりますが、どうぞよろしくお願いいたします。。。
11/1(火)、11/2(水)はブログ更新お休みです...