忘れる 忘れない | 翡翠の風(ひすいのかぜ)

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おニャン子クラブ会員番号18番永田ルリ子さんをメインに語ってます

◆ルリ子さん、今もお元気でお過ごしですか?
◆ルリ子さん、今どこでどんな景色を見ていますか?

【瑠璃色がゆれる ひすいの風がふき ”今” 瑠璃色がゆれる】
by永田ルリ子さん

 

    

36年前の1986/09/26(金)

  • 第2回卒業式。
  • 日本武道館での『おニャン子パニック』最終公演で新田・名越・福永・秋絵・スーザンが卒業。

『おニャン子白書』夕やけニャンニャン完全年表より

 

  今月いっぱいは...

 

皆様、今晩は🤗

あっという間に、9月最終週を迎えましたねー

 

おニャン子ロス・・・はいかがな感じでございましょうか?

私のルリ子さんロスはですね・・・

そうですね、まだちょっとポケーっと言う状態が正直続いておりますね💦

 

【35年前の今頃、ルリ子さんはどんなこと思っておられたのかな】

【今はどんなこと思っておられるのかな】

ずーっと、そんな迷宮をぐるぐるとあいも変わらず駆け巡っております😥

 

おかしいですよね。

私の場合、既にルリ子さんは芸能界から去った状態の、しかも35年近く経過してから好きになったので、とっくに頭の中では【ルリ子さんはもういない】と知っているハズなのに。

この8ヶ月余り、その状態の中で、色んなルリ子さん探しをして来ていたのに。

 

9/20前後から、丸で今がその時かのように、ずっと思っています💧

って、もう何日も同じことを書いている自分にも、笑ってしまいます😭

 

そのループから抜け出せていないってことですね。。。

頭では分かっていても、心では分かっていないってこのことなんだなぁ😥

 

35年と言う時の重みも、こんなに深く感じていることはありません。

35年て。。。

人が生まれて、0歳の赤ちゃんが35歳になっていると言うことですよ。

凄いことですよね。

 

もうそれだけ、時間が流れていると言うこの事実・現実。

そこを私はまだよく理解できていません。

 

ルリ子さんが過ごされてきたこの35年。

一体、どんなものだったのだろう。

余計なお世話なんですが、やっぱりね、考えてしまいますよね。


それでちょっと思ったんですけど。

多分、今のところ私、ちょっと上手に気持ち切り替えるのやっぱり難しいみたいなんです💧

色んなことがぐちゃぐちゃになってしまってまして。

 

なので、とりあえず今月いっぱいはこの状態でもう、そのしっちゃかめっちゃかな頭の中のまんま、お送りしようかなと。

どっぷり(いつもだけど💦)さらに思いっきりおかしな状態のままを晒して、書いていこうかなって思ってます。

 

きちんとした(いつもしてないけど)考察系は、一旦休止。

考察とかじゃなくって、より個人的日記のように、まずは思いを吐露させて頂こうと思います。

 

そうですね、9月いっぱいの残り4回くらいは、支離滅裂な感じになるかと思いますが、よろしくお願いします。

大目に見て下さればと、思います🙇‍♀

 

  ナゼあえて切ない方へ寄せてく💦

 

と言いながら、何かルリ子さんロスの気持ちを埋めたいと言う気持ちもあって。

いなくなってしまった寂しさを埋めるには、ルリ子さんを見るのが一番。

余計寂しくなるけど・・・

 

このループなんですよね、どうしたらいいんでしょうか😭

自分でもどうしていいのか、よく分かりません。

 

と言うことで、今日は荒療治?のような感じになってしまうのですが、あえて【これで終わり】のルリ子さんへ寄せてみました。。。

 

これやって、ドツボにハマるの分かってるのに、でもこれもおニャン子歴史の中のルリ子さんの時間なので。

この終わりの頃のルリ子さんをしっかり刻んでいかないことには、今後も語れないです。

 

見守り、見届け、見送る。

このどれも実際にはできなかった寂しい身なので、せめてきちんと見届けさせて頂きたいなって思いが無意識にあるのかもしれません。

 

ルリ子さんのこと毎日見ていたいから。

でも今はファイナル終えて心がポッカリ。

でもルリ子さんを見たいの。

だけど、見ると切なくなるの。

でも見たいの。。。

 

我ながらやることの矛盾にさいなまれながらも、お送りします。

今日は文章もよく分からない感じですが、よろしければご覧下さい💦

 

  夕ニャン最終回の日

 

ナンダ、コレハ・・・

 

まずはこちら。

これは、1987/8/31の、夕ニャン最終回の日のものです。

私これ、本当に初めてこう言うのを目にしました。

 

ルリ子さんが、外を歩いている・・・

ここに、行きたい。

この場に、立ちたい。

 

今も、この通りきっとあるのだろうから。

一度も訪れたことないけど、次機会あったら歩きたい。

 

こうやって、普通に駅からフジテレビまで歩いて向かっていたのか・・・と衝撃。

タクシー使わないの?って😭

こんな、普通な感じで歩いて通っていたの😭

 

事務所に属しておらずマネージャーなどもおらず、本当にフジテレビ預かりの、臨時社員のような扱い。。。

社員と同じで結局こうやって普通に通勤するしか、術がないんですね💧

 

だけどその分、こうやって待ち構えていれば普通に遭遇することができて、こんなノーガードの状態で接近できたんですね💦

私にはすべてが信じられないことです。

 

でもルリ子さん、しっかりファンの目を見ているって本当立派だな。

あと、しっかり身体を正面に向けて対応しているところも。

こう言うところがね、ルリ子さんの凄さですよね。

きちんと人対人として接する人柄、細かい部分ですけどルリ子さん間違いないんです。

だから、大好きなんです。

 

でもこれ、何だかとっても細くなってしまっている、と思う私でした😭

ルリ子さんスリムになったよね♪なんて呑気なものじゃなく、激ヤセまでいかないですけど、何かもう折れてしまいそうな細さに感じて💧

 

この周辺は、ルリ子さんご飯とか食べられる状態じゃなかったのではないか?って。。。

そして、この日どんなお気持ちでここを歩かれていたのかなぁとか、もうね、色々色々切なくって。

胸がいっぱいになります。

 

  最終回の笑顔メモリー

 

そして、少し間が空きましたが、今回がこちらもラストになります。

夕ニャン最終回から素敵だなと思ったルリ子さんスマイルをご紹介コーナー。

 

これ、見にくいですけど、右側にルリ子さん!

可愛かったので💞

 

稲川淳二さん恒例の、何か衣装に風船つけて爆発させるアレです。

ずっとこんななって、ルリ子さん耳抑えて逃げまどっていたのが可愛かったです。

 

私、ルリ子さんが笑ってくれるなら、これで笑ってくれるお顔見れるなら、風船爆発なんてどれだけ痛くてもやります。。。

特大ので爆発して耳の鼓膜おかしくなっても、やりますよ。

ルリ子さんが笑ってくれるなら💧

 

これが、先程のと同じ日の、同じルリ子さんと言うことになりますね。

この後は、例の大竹まことさんのしんみりコーナーに入り、ルリ子さんの笑顔が消えて行きます。

 

ですので、これが、夕ニャン最終回のルリ子さんの素敵な笑顔のラスト、になります。

今までご紹介させて頂き、そして見て頂き、ありがとうございました。

 

  コンサート以外のラスト登場

 

既に、ルリ子さんの笑顔に泣けてきますね💧

 

さてこちらは、1987/9/20のファイナルコンサートで、昼公演の生中継番組があったそうなのですが、その時のCM前の可愛いルリ子さんです。

 

ちなみに。

私はこの昼公演があったことも、それがフジテレビで生中継されていたことすらも、まったく当時知らなかったので本当に驚いています💦

夕方16:00~17:30に放送されていたそうです。

 

今になれば、アイドルグループの解散コンサート、しかも生中継が放送されるこの時代の凄さを感じます。

いえ、時代と言うよりは、やはりこの時おニャン子クラブがいかにフジテレビで大きな功績を残していたか、そして人気の高さを物語るものだったのかなと思います。

 

そしてこの後の夜公演が、本当のラストフィナーレとなっていく訳ですね。

1987年はおニャン子クラブの人気が失速していた、と言われていますけど。

この会場の熱気を見る限り、信じ難くて💦

もちろん、最後見ておこうと言うファンも多かったのかもしれないですけど。

色々難しいですね。

 

そして話しをルリ子さんに戻しますと。

コンサート場面以外だと、これがルリ子さんラストの出演になるとのことでしたので、ご紹介してみました💧

 

はぁ、あえてこんな悲しいことナゼ自分で書いているのかも分からないけど、でもルリ子さんのことで頭がいっぱいなんです、私😭

この時期は寂しいけど、でもルリ子さんに飢えている。

この変な感覚がずーっと続いています💦

 

はいっ、卒業生の皆さん、本当にどうもありがとうございました。

えー、卒業生のみんなも歳を取ってしっかりしてきましたね。

それでは、コマーシャルの後で、コンサートの模様を生中継でお送りします。

お楽しみに。

 

これが、この時のルリ子さんのコメントでした。

「卒業生のみんなも歳を取ってしっかりしてきた」なんて、ルリ子さんのちょっとブラック的なユーモアに、寂しいながらもニヤってしてしまったり😓

 

でも多分、私想像するに。

この時のルリ子さんは、多分それこそもうこの状況をこなすことにいっぱいで、悲しさに浸るとか寂しいとか、考えている余裕はまだなかったのではないかなぁと。

 

まずはしっかり最後までコンサートを終えることが大前提にあったと思いますし、気を抜く暇がないですよね。

段取りなども含めてまだまだやらなければいけないことがたくさんです。

よく分からないけど、とにかく進んで行く時間との闘いみたいな感じ、かなーって。

 

でも繰り返します。

コンサート場面以外だと、これがルリ子さんラストの出演になるのです💧

 

こうやってトークをされるお姿、お話ししている声、カメラに笑顔を向けて目が合ったかのようになれること。

すべて、これがラストだったのかと思うと。

胸が張り裂けそう。

はぁ😭

 

  映像に残ったラスト...?

 

そして、まだまだ「なぜこんな気持ちになっているのにあえてまた?」となるもの。

それが、この画像になります💧

本当、今日何だかよく分からないです、すみません。

 

 

テロップにある通り、ファイナルコンサート後の、打ち上げパーティのものです。

こんなの、中々見れたものじゃない貴重なものですよね。

こんなのがあったんだなーって。

 

ここで一瞬だけこうしてルリ子さんが通り過ぎて行くのですが。

よく考えたら、これが、ルリ子さんがファイナルコンサートが終わって、お姿が映像として残ったラストになるのではないか?って思って、震えてます💦

多分、そうなりますよね。。。

 

他にもあるのでしょうか。

もしあれば、教えて下さればと思います。

 

でもまさに、これがファイナルコンサート後のルリ子さんのお姿なのです。

しかも私服なんだなーって。

でもこれも、もの凄く華奢に見えて、こんなに細くなってしまって・・・と私は涙を抑えられなくなります。

そして、笑顔なんですけどこのどこか憂いげなお顔もね、直視できないんですよ。

 

この映像はほんの5秒間程しかなく、映っているのは他に麻巳子さん、早苗さん、ゆうゆくらいまでなので、走り抜けて行くメンバーのこの5秒の中にルリ子さんがいて下さってよかったな、って複雑ながらも思いました。

 

そして、またも私の細かいところまで見てしまう癖によるものなのですが・・・

この最後のルリ子さん、左手の薬指に、指輪しておられます💍

本当に本当に一瞬だけなのですが、やっぱり指輪が光っております。

 

だから何だ、ってことで特にないのですが、あぁそうなんだなぁ・・・と。

この大変な時期にルリ子さんを支えていた人はどんな人なのかなぁ・・・と。

はい、35年前のことです。

 

今日ご紹介した多くは、1988/1に発売された『孫の代までおニャン子クラブ』からのものです。

 

まだ私は、販売ビデオとかの流れもよく分かっていませんし、もしかしたらこの時のもっと細かい様子が他の販売ビデオにあるのかもしれません。

ですが、今の時点で私の中では、これが見た中での一番ラストのお姿かなと思っております。

 

そして、この時バックで「じゃあね」も流れているんですが、間違いなくこの打ち上げパーティの中で歌っているものですね😭

メンバーのお顔こそ出てこなかったけど、涙涙のお声です💧

きっとルリ子さんも泣いていたんだろうなーって思うと、切ない。

 

このビデオに関しては、もう少し心の余裕が出てきたらじっくり取り上げたいなと思っております。

 

  忘れて 忘れないで

 

今日は、まともな考察はしない、できないと書いたのですが、やっぱり、めっちゃ主観ですけど出てきたので自分の気持ちを混ぜて書かせて下さいね。

 

まだまだこれから先、ルリ子さんが過ごされたであろう1987/9/20以降のお気持ちをずっとずっと考え続けて私は行くと思うのですが。

少し前から感じていたルリ子さんのお気持ちがあるんです。

これが100%主観なので、失礼になったら本当にごめんなさい。

 

あのですね。

ルリ子さん、色んな瞬間に、2つのお気持ちで揺れて絶えず心が動かれていたんじゃないかなってことなんです。

 
もう私のことなど思い出さないで。もう忘れて。
    これが1つ目のお気持ち想像ですね。
    過酷な状況、心に傷を負ったと感じるような出来事を体験すると、その時のことを封印しようとすることはないでしょうか。
    しばし記憶から抹殺しようとすること、ありませんか?
     
    これは、どんな人でも人生の中で一度はあるのではないでしょうか。
    私も、ありました。
    こう言う時って、もう「放っておいて」の気持ちが強いから、何もかも嫌になってしまって、もうどうでもいい!って投げやり感が出てしまうもの。
    私の場合は、ですが💦
     
    自分の体験など何の比較にもならない程、ルリ子さんのお気持ちは何千倍も辛かったろうと思います💧
    だから申し訳ない程なのですが。。。
    きっと「もう早く私のことなど忘れて」「もういいから」って思う瞬間も、あったのではないかなって。
     
    放っておいて、と言うよりは、そっとしておいての方が合っている表現かも、しれないですが。

    そんな悲しいお気持ちにルリ子さんがなったと(勝手に)想像するだけで、胸が痛い😭

     

    そして、対する2つ目のお気持ち想像は。

     

    でも私のこと忘れないで。時々思い出して。

    です。

    この、対極的なお気持ちがいつも揺れ動いていたように、どうしても思えるんです。

     

    ”忘れて欲しい”と思う気持ちがあればある程、”でも忘れないで欲しい”と願う。

    矛盾していますか?

    してないですよね、これが本来人間として湧き上がる通常の感情です。

    心は、揺れ動くものなのですから。

     

    『どうせね、みんな寂しい寂しい言うけど、少し経ったら忘れちゃうんだよね』

     

    これは、ルリ子さんのセリフなんかじゃないですよ、もちろん😅

    これ、私が長年住み慣れた横浜を離れて、今の場所に引っ越してくる時、友だちに言ったセリフです💦

     

    これね、私もそうだったなって感じたんです。

    「会えなくなるの、寂しい」ってみんな言ってくれて、「でもまた絶対会おうね!」みたいな感じでその時は盛り上がるんですけど笑。

     

    でも内心、私はさっきみたいな気持ちにもなったんです。

    どうせ2.3ヶ月もしたら、思い出すことすらしなくなっちゃうんだから💧と。

    そこに、うっすら寂しさや悔しさもやっぱりあるんですよね。

     

    でも、自分も反対の側になったら間違いなくそうしてしまってるんです💦

    誰かが引っ越して行く時、その時は寂しくってしばらく連絡取ったりするけど、数ヶ月で薄らいで行く。。。

     

    でも、仕方のない、そんなものなんだろうなって思いつつも、自分がそうされる側になった時、妙に寂しいんです😭

     

    こんな私の微々たる思いで申し訳ないですが、ルリ子さんはその何千倍も、感じておられたんじゃないかなーって勝手にね。。。

     

    これだけ思いを注いで駆け抜けてきた2年半、ルリ子さんの喜びも悲しみもびっしり浸かった2年半。

    それを、ちゃんと覚えていて欲しいと願う気持ちも、揺れ動く中で出ていたのではないか。

    そんな風に思えるんです。

     

    これはもしかしたら、、、

    35年経った今も、、、

    ルリ子さんは両方感じる瞬間があるのではないか、そんなことすらも思います。

    もう私のことなど忘れていいのよ

    でも、時々は思い出して

    私のこと忘れないで

    ってね😣

     

    あー、そうだ。

    『太陽に恋して下さい』のメッセージを読んだ頃、なぜかこれがふーっと私の心の中に落ちてきたんですよね。。。

     

    そんなことあるかいってなると思うんですけど😓

    「今ルリ子さん、"私のこと忘れないで思い出してね"って思われたような気がする」みたいな。

    そして、今も思うんです。

    怪しくないですよ、落ちてきたんです💧

     

      忘れてと願う瞬間も、忘れない!

     

    でも、私が今思っていることは。
    もし、ルリ子さんがそのように「もう私のことなどいいから」って思われる瞬間が今もあったとしても。
     
    ごめんなさい。
    そこは、どんなにルリ子さんの頼みでも、私には聞くことはできません💧
    ごめんなさい。
    それは、無理です。
    どんなに忘れて欲しいと願われたとしても、絶対できません。
     
    だから、こうしてその気持ちを表すために、せめてもの自分にできることを、とブログに書き続けていきます。
    ご迷惑になってしまうのなら、考えないとですけどね😣
     
    忘れるなんて、絶対できないです。
    毎日毎日、どんな瞬間も、私はルリ子さんのことを思っています。
    本当なんです💧
     
    だからこれからも、できる限り、まだ出会えていないルリ子さん探し、私なりに続けて行きます。
     

    2年間半、本当にやって来れたのは、皆さんのお陰です。

    お礼の言葉も、ありません。

    本当にどうもありがとうございました。

     

    ファイナルコンサート最後の挨拶の時、ルリ子さんはご自分の膝が見えるのではないかと思う程深く深く身体を折り曲げ、こうして最後お辞儀をして行かれました。
    多分、誰よりも深いお辞儀でした。
    心打たれます。
     
    ルリ子さんの思い、絶対忘れません。