吾輩は、居酒屋の唐揚げである。
名はまだない。
思えば育ちは良かった方だと思う。
唐揚げにされる前は、ブラジル産のブロイラー(ニワトリ)だった。
ボーっとしていても餌を与えられたし、極力ストレスをかけられず、良質な筋肉と脂肪を蓄えながら、丸丸と太ることができたのだから・・・。
しかしそれは全て、吾輩を商品化するための策略だったのだろう。
こうして「鶏肉」として、居酒屋のおつまみ唐揚げとして盛り付けられてようやく気付くとは、吾輩も馬鹿であった。
お皿には、吾輩以外にも多数の同志が盛りつけられており、これから食べられてしまうはずなのに、少々淋しさが紛れた。
不思議な気分である。
さて、テーブルにはサラリーマンの男女が4人おり、普段の愚痴などをいいながら談笑を白熱させていた。
吾輩の同志は一つ二つと食べられていく。
もうここまできたら、覚悟は決めている。
いつでも食べてくれ!!
ほら、どうした! はやく食べてくれ!!
・・・・・・・・。
あれ?なかなか食べてもらえないぞ??
そうこうしているうちに、同志はドンドン消えていく・・・・・><
そして、ついに吾輩が最後の一人になってしまった。
標的は一つだけなら、次こそは・・・。
と思ったが、サラリーマン達は吾輩に箸をつけることはなかった。
その後のことは、ご想像にお任せする。
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ちょっと前に、ドイツからの帰国子女の人と食事をする機会があった。
帰国子女
「私、12歳までドイツに住んでて、中学から日本に来たんです。」
私
「へ~、そうだったんだ~。いきなり日本に来て、馴染めたんですか?」
帰国子女
「はじめは大変でしたね。今は慣れましたが、未だに自分が日本人なのかドイツ人なのか、アイデンティティが半分ずつという感じで、所属がわからないという気持ちはあります。」
私
「今でも違和感を感じることはあるんですか?」
帰国子女
「ありますよう。」
私
「例えばどんな時??」
帰国子女
「居酒屋の唐揚げです。」
私
「え?唐揚げ??」
帰国子女
「はい、日本だと居酒屋のつまみをみんなで食べていて、最後の一つになってしまった時、遠慮して誰も箸を付けないことがあるじゃないですか。」
私
「あ~! ありますね~(笑) ドイツの人はそういうのしないんですか?」
帰国子女
「しません。独り占めとかはしませんが、最後の1個であろうと、食べたいと思ったら食べます。」
もの腰は柔らかい女性だが、答えるときは毅然と答える。
全く色を付けない黒髪は、普通の日本人よりも日本人らしく見える。
おそらく根本のアイデンティティはドイツ人なのであろうか・・?
ヨーロッパにいても、自分の日本人としての人種のアイデンティティを保つには、必然的に黒髪でいることが必要だったのだろうか?
私は0歳から今に至るまで日本に住んでいる。
しかし、日本の文化に違和感を覚えることは多かった。
その代表例が、上記の唐揚げの件である。
みんなを思いやって、みんなが箸を付けない。
「おもてなし」ならぬ「思いやり」の国・・・。
そう言えば聞こえはいいのだが、実際はちょっと違うような気もする。
なんとなく偽善的な風潮があるというか・・・。
ギスギスさせないようにするための、無意識による社会的な知恵だと言われればわかるのだが・・。
こういう黙示のルールが、日本を住みにくくもし、逆に住みやすくもしているのかも知れないと思うと、なんだか面白い。
そんな国の不動産を提供するという今の仕事も、よくよく考えると面白い。
しかし居酒屋の唐揚げに関しては、ドイツ流で行かせていただくので、悪しからず・・・☆(^^
横浜店 矢部
今回の暑気払いでも、カニシュウマイが一個だけ取り残されておりました。
唐揚げの写真がないので残念です。
というより、唐揚げは最後の一つも一瞬で無くなっておりました・・。
営業社員は、唐揚げに関してはドイツ流か・・・!!?><;
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