JBプレス 12/5の記事から、引用、改編。

ここ最近の奥會津には、日本全国からは写真愛好家が、 台湾やタイ、中国、香港などからは、観光客が押し寄せているそうです。

火付け役となったのは、これまで奥写真を10万枚以上(!)も 撮り続け、フェイスブックを通じてその美しさを発信し続けている、アマチュアカメラマンの星賢孝さん。

星さんは奥會津出身で、小学1年生の時から、和舟を漕いで学校に通っていだそうで、観光客を乗せての案内は慣れたものだとか。       

低い水温の只見川との温度差で現れる、幻想的な朝霧に「霧幻峡」と名づけています。  

この景色は、毎日見れる訳ではなく、                   正に「幻」なんですね。

星さんのコメントです。

「俺が発信しているのはフェイスブック。

只見線が国内あるいは外国人に受けるのは、春夏秋冬がダイナミックに変化する、 唯一のローカル線だからではないか。

その中でも特筆されるのは、 日本の季節で一番弱い季節であるはずの、夏と冬が素晴らしい事」       

以下はまとめですが、                                                

春の桜と新緑や秋の紅葉は、日本中どこでも定評があるが、夏の景色でこれというのが無い。

 一方、冬は寂しい冬枯れの季節ばかり。

只見線は、夏と冬こそが素晴らしい。

さらに、川霧が立ちこめる幻想的な光景や冬の雪の華の絶景は、只見線でしか見る事がかなわない。

アジアの人々は、 秋の紅葉とか冬の雪の華は夢でしか見ることが出来ないが、只見線は、そんな絶景の四季が、それぞれにダイナミックに変化するのがよいのではないかと。

ここで簡単に只見線をおさらい。   

會津若松駅から新潟県魚沼市の小出駅、

135.2キロの区間を結ぶ路線。

震災のあった2011年7月。

新潟・福島豪雨で只見川があふれ、

ダムの水を放流したため、

只見川第5橋梁から第8橋梁までが損壊。

會津川口から只見間は、

現在、代行バスでの運行中とか。

こうした苦境の中、星さんだけでなく、

佐久間建設の佐久間源一郎さん、 

 マタギの猪俣昭夫さんなど、    

 奥會津を愛する人が情報発信したことて、  

ちょっと前までは通学の学生しか乗っていなかった只見線が、現在はちょっとしたラッシュのような状況が続いているそうです。


さらに言えば、その結果、
會津若松でも宿が取れない状況が続き、
駅前のホテルの稼働率は97%。
駅から車で15分ほどのところにある東山温泉も賑わい、會津の人間にはうれしい悲鳴だそうです。


私的なこと言えば、
行ける時が限られてるのに、
「綾瀬はるか見た〜い」
のミーハーに加え、
「景色ファンタスティック!!」
の外国人とも戦わねば、
聖地巡礼は出来なくなったのね?

よし、これから會津行きたい人は、
「會津松平家14代」
を言わせよう。
言えた人だけ…


あー
エキソンパイ食べたい!!!


最後に。

本日、2018年12月5日は、

容保公の125年目の命日になります。

合掌。

「旧會津藩士大活躍の
西南戦争始まるよ〜」

なんて事には絶対ならないと、
確信してから、半年以上。
どれだけこのドラマが酷いか、
幕末に詳しい方から、
會津で例えて貰いました。

京都守護職就任
→藩士みんなノリノリ!
→御家訓あるから大丈夫〜

會津戦争
→みんなイケイケ!
→御家訓(以下略)

御家訓を西郷にしてみてとの事。

……(汗)




あまりに駄目過ぎる!!
そんなドラマ作られたら、
會津ナメんな!!
と、焼き討ちされても、
おかしくない
レヴェル!!!!

その薩摩版が、「西郷どん」
戊辰150年の年の大河…
こんなものが…

「八重の桜」
「翔ぶが如く」
「花神」
の再放送すれば、
よかったんじゃないの?


なんかバカらしいので、
ふと、目に止まった記事を。
井伊家は、大河に皆勤て話ですが。

2013「八重の桜」井伊直弼(榎木孝明)
2014「軍師官兵衛」井伊直政(東幹久)
2015「花燃ゆ」井伊直弼(高橋英樹)
2016「真田丸」井伊直孝隊
2017「おんな城主直虎」井伊直虎(柴咲コウ)
2018「西郷どん」井伊直弼(佐野史郎)


すごいね。
(現実逃避)