「福島民報」621日の記事を参考に

させていただきました。


2023年現在、

會津松平家の末裔はどうなっているか?

このブログを読んでる方なら百も承知と

思いますが、おさらいも兼ねて。

まず、會津戦争後は會津から東京都に、

それからはずっと都内在住です。

そして現在は、14代目、保久氏(69)

の代となりますが、15代目になられる、

容保公の玄孫(孫の孫)親保さん(24)

もまた、都内で生まれ育ちました。

御尊父の保久氏から、事あるごとに、

「會津を大切にしなさい」

と教えられたそうですが、

その親保さんが會津に帰還されました。

違う言い方ならば、

會津松平家が會津に戻って来た。

そう言っても過言ではないでしょう!!


経緯を追ってみます。

早稲田大学に在学時の就職活動中、

會津若松市がスマートシティの構想を

している事を知ったのがきっかけで、

會津で働きたいと思ったそうです。

件の構想は、

歴史が息づく城下町の課題を、

最先端のIT技術や官民連携で解決する

そんな試みという事です。

申し訳ないのですが、

昭和三年で脳内か止まっているために、

ほとんど自分にはわかりません


ともあれ親保さんは、

「アクセンチュア」に今春入社。

こちらは、コンサルティングの大手で、

構想の中核企業でもあります。

簡単な調査で恐縮ですが、

アイルランドを本拠に、

50ヶ国200以上の都市を拠点にする、

世界的な会社なんですね。

會津との関わりは2011年から。

あの東日本大震災の年が、

日本でのビジネス開始50年にあたり、

そうした事も相まって、

関わりをもったそうです。

こちらに入社された親保さんは、

IT技術を用いた街造りや、

スマートシティ構想を実現させ、

「市民の皆さんがより誇りを持てる、

そんな地域にしたい」と、

地域貢献も誓っておられてました。


親保さんは、都内で生まれ育った、

という事ですが、會津との関わりも深く、

幼い頃から保久氏に連れられ、

歴代藩主を供養するために行う、

會津藩主松平家墓所(東山町・国史跡)

での「お花まつり」にも参列。

成人後には、秋の「會津まつり」で、

藩公行列の容保公役を務めています。

時代が移り変わろうとも

一族を変わらずに慕ってくれる、

會津の人々への感謝の念は、

「會津とは

見えないところで繋がっている。

どんな形であっても、

いつかは會津に貢献したい」

との考えからもわかろうものです。

ちなみに、写真もありましたが、

一目で容保公の血筋とわかるほど、

そっくりです。


そんな親保さんですが、現在。

行事で訪れるばかりだった會津にて、

人生初の一人暮らしをしながら、

市内で新人研修に励んでいるそうです。


最後に、地域の人と酒を酌み交わした際、

親保さんが受けた言葉を載せます。

「松平家の人が

會津に戻ってきてくれて嬉しい」

こっちが泣きそうになりますね。

研修が終わり次第プロジェクトに本配属。

そこから本格的な社会人生活となります。

その事を聞かれた際の意気込みもまた、

大変素晴らしいもので、

「歴代が築き上げた町をITの力を借り、

さらに発展させたい。

會津は歴史ある土地であり、

最先端の地域でもある。

そう多くの人に知ってほしい」

との事です。そんな事言われたら、

楽しみで仕方ありません。

一人の市民となって地域の魅力を発信、

そんな親保さんの将来に幸多かれと、

心から願わずにはいられません。