ところが、後々ですが、根津も平山も、警察のスパイであったことが、半ば確実視されています。
彼らは、永岡の上京と前後して、警察への集団就職のため、佐川官兵衛らと上京しています。
彼らは、同郷人を売ったことについて、どういう思いでいたのか。
後々、西南戦争の際、大警視・川路利良は、旧時代に身分の低かった薩摩人を、スパイとして薩摩に送ります。
その時の言い回しが、
『身分の低さで受けた理不尽な仕打ちを晴らす、絶好の機会だぞ』
みたいなことを言っていたようです。
根津親徳は、斗南救済を企画したものの、結果、罪人となってしまった、川崎尚之助の身元引受人になった人物です。
もしかしたら、川崎の受けた仕打ちや斗南の人々の苦しみ、それを導いてしまった指導者たちの所行など、その当たりを付くようなことでも言ったのでしょうか。
一方、永岡も、旧・會津藩士というだけでは、信頼に足るかを判別するには心許なく思えますが、敗戦、斗南を経た今、彼らを疑うようなことは、出来なかったのかもしれません。
もしくは、事の成否よりも、行動に意義があるみたいな、自分が裏切られる筈がない、という気質があったのか…
ちなみに、根津と平山の二人は、事件当日になると、姿を消してしまったそうです。
他に、同士であった松本正直も、捕縛後に懲役刑に処されましたが、刑期が明けると、公職に就いたりしていて、きな臭い感じがします。
同県人の永田は西南戦争で討ち死にしているようですが、ここまで関連付けすることは難しいかも知れません。
簡単な結論付けは控えたいですが、やはり、成功は覚束ないと、知れば知るほどに、言わざるを得ませんでした。
彼らは、永岡の上京と前後して、警察への集団就職のため、佐川官兵衛らと上京しています。
彼らは、同郷人を売ったことについて、どういう思いでいたのか。
後々、西南戦争の際、大警視・川路利良は、旧時代に身分の低かった薩摩人を、スパイとして薩摩に送ります。
その時の言い回しが、
『身分の低さで受けた理不尽な仕打ちを晴らす、絶好の機会だぞ』
みたいなことを言っていたようです。
根津親徳は、斗南救済を企画したものの、結果、罪人となってしまった、川崎尚之助の身元引受人になった人物です。
もしかしたら、川崎の受けた仕打ちや斗南の人々の苦しみ、それを導いてしまった指導者たちの所行など、その当たりを付くようなことでも言ったのでしょうか。
一方、永岡も、旧・會津藩士というだけでは、信頼に足るかを判別するには心許なく思えますが、敗戦、斗南を経た今、彼らを疑うようなことは、出来なかったのかもしれません。
もしくは、事の成否よりも、行動に意義があるみたいな、自分が裏切られる筈がない、という気質があったのか…
ちなみに、根津と平山の二人は、事件当日になると、姿を消してしまったそうです。
他に、同士であった松本正直も、捕縛後に懲役刑に処されましたが、刑期が明けると、公職に就いたりしていて、きな臭い感じがします。
同県人の永田は西南戦争で討ち死にしているようですが、ここまで関連付けすることは難しいかも知れません。
簡単な結論付けは控えたいですが、やはり、成功は覚束ないと、知れば知るほどに、言わざるを得ませんでした。