終戦の日70年を前に、再び『火垂の墓』が放映されました。
戦時中の過酷な時期に、がんばって生きようとしている幼い兄妹を、意地悪な大人たちが酷い目に合わせている話。
そう思っていた時が、自分にもありました。
ところが…
巡洋艦乗りの父の慰労金7000円、現在の価値で、約1000万を、わずか3ヶ月で亡くした、生活能力皆無の兄。
節子は、餓死ではなく、目に入った化学物質の燃えカスによる、感染症による病死。
原作者の野坂昭如が、幼い妹にした仕打ち。
初めて見た時から何年もたって、色々なことも知るようになって、考え方も変わりました。
自国に攻め込まれるような戦争はダメ。
勝てない戦争はダメ。
それ以前に、
戦争は、絶対にダメ!
さて、この戦争により、大日本帝国は滅びたとするならば、実に、二度の亡国を体験した人物が、日本にはいます。
一度目は、明治元年に、8歳で、そして、昭和20年(1945年)に85歳で迎えます。
『玉音を拝承し、悲憤激昂、生を欲せざらんとす。さきに戦局の順調なる時に生の終わりざりしを恨む。
国のために生きた自分の使命は終わった。
かくなるうえは、潔く武人としての最期を飾りたい』
そう日記に記し、同年9月15日に切腹するも、老体のため果たせませんでしたが、12月13日に、傷が元で帰らぬ人となりました。
その悲運の人を、
旧會津藩士・柴五郎
といいます。
戦時中の過酷な時期に、がんばって生きようとしている幼い兄妹を、意地悪な大人たちが酷い目に合わせている話。
そう思っていた時が、自分にもありました。
ところが…
巡洋艦乗りの父の慰労金7000円、現在の価値で、約1000万を、わずか3ヶ月で亡くした、生活能力皆無の兄。
節子は、餓死ではなく、目に入った化学物質の燃えカスによる、感染症による病死。
原作者の野坂昭如が、幼い妹にした仕打ち。
初めて見た時から何年もたって、色々なことも知るようになって、考え方も変わりました。
自国に攻め込まれるような戦争はダメ。
勝てない戦争はダメ。
それ以前に、
戦争は、絶対にダメ!
さて、この戦争により、大日本帝国は滅びたとするならば、実に、二度の亡国を体験した人物が、日本にはいます。
一度目は、明治元年に、8歳で、そして、昭和20年(1945年)に85歳で迎えます。
『玉音を拝承し、悲憤激昂、生を欲せざらんとす。さきに戦局の順調なる時に生の終わりざりしを恨む。
国のために生きた自分の使命は終わった。
かくなるうえは、潔く武人としての最期を飾りたい』
そう日記に記し、同年9月15日に切腹するも、老体のため果たせませんでしたが、12月13日に、傷が元で帰らぬ人となりました。
その悲運の人を、
旧會津藩士・柴五郎
といいます。