知恵泉には出ませんでしたが、保科正之公の逸話を並べてみました。


①将軍の狩り場を使わせてもらった際、『たくさんとれただろ?』と聞かれた正之公。
『いえ、2羽だけ』
不機嫌になりながらも、その素直さで、大いに家光から信用された。


②正之公が會津入りする際、獅子舞いで入城したというのがあります。

會津に限らず、東日本には、雄獅子・雌獅子・太夫獅子など三匹の獅子による舞いの文化があるそうです。

高遠、山形ときて、會津にも獅子の文化があるということで、鶴ヶ城入りの際に、獅子舞で演出したとか…
(籠城中ではありません)


③明暦の大火の後、江戸城の天守閣を再建しない他に、天ぷらに規制を設けた話があります。

天ぷらは高熱の油で火災の危険性が高いから、屋内での調理を禁じ、家屋外で…ということで、屋台での天ぷら文化が起こったと。

ちなみに、各家庭に風呂を作ってはいけないという決まりもありますが、正之公関連かは、わかりません。


④正之公が眠る土津神社の亀趺碑。

この亀石の部分は贔屓ともいって、『贔屓の引き倒し』の語源。

土津神社の亀石は、元々猪苗代湖方向に向けられていましたが、水を求めて夜中に動いたという噂が広まり、向きを、逆の磐梯山方向にしたという伝説もあるそうです。