夏と言えば海水浴!?

太平洋に面した福島県浜通りにも多くの海水浴場があったんだが、

震災以降に再開したのはいわき市の海水浴場だけかな?

先日、夏になると多くの海水浴客でにぎわっていた相馬市の「原釜尾浜海水浴場」に行ってみた。

津波で壊滅的な被害を受けたところでなかなか復興が進んでいるとは言えない状況ですが、

現在防潮堤の建設が進められていました。

海水浴場の一角に新しい建物ができている。

相馬市が津波の被災を後世に伝えようと建設した「伝承鎮魂紀念館」

せっかくなので拝見させていただきました。

内部は、パネルと映像で震災前後の様子を伝えるもの。

2011年3月12日の福島民報の一面

震災当時は福島民報を購読していたがこの新聞は届かないで終わったと思う。

その後は原発事故で避難を余儀なくされたので新聞が届くようになったのは1ヶ月後くらいかな?

同じく震災翌日の福島民友の一面

震災から4年4ヶ月も経過するとあの時の光景は頭から離れつつあるような気がする。

時々こういう物を見てあの時感じた教訓を思い出さないとダメですね。

昭和時代の原釜尾浜海水浴場は大賑わい。

あの当時は暑い夏はみんな海水浴場で涼んでいたんですよ。

海水浴場が灯台の下の方まで伸びていたんですね。

現在では魚市場や港が建設されて環境が変わってます。

暑い日なんだけどやはり人はまばらにしかいませんね。

松川浦と言うと夏は潮干狩り。

俺も娘たちをつれて何度か行ったけど多くの人達でにぎわっていましたねぇ~!!

あの潮干狩りの橋も海苔の養殖いかだも今はまだ見られません。

でも、道路の嵩上げ工事が終了して街並みもきれいになってきて観光客も増えてきたようでした。

持ち主がもういなくなってしまったのか?

今でも思い出の品は多く残されています。

1000年に一度の巨大地震

それがもたらしたものははるかに大きな状況変化だった。

震災と原発事故により大きく生活が変わってしまったがそれも運命かもしれない。

自然が牙をむいて人間に襲い掛かって来たとき、人間はどう対応して身を守れば良いのか?

忘れた頃にやってくるではなくて、

忘れないように繰り返し思い出すことが必要だと考えさせられました。