「前へ」という言葉で僕の脳裏に浮かぶのは「とんぼ」と「かわせみ」です。「とんぼ」も「かわせみ」も前へ進むイメージが強いからです。
とんぼ(蜻蛉)(2023年8月25日)
『蜻蛉(とんぼ)』は後ろに飛べず決して後ろに下がらず、「前へ前へ」と真直ぐに飛んで「前進あるのみ」という意味でも、空中で素早く虫を捕食して食べることから「勇敢で攻撃力がある」という意味でも、『勝虫(かちむし・かつむし)』として勝利を呼ぶ縁起のいい虫と言われています。戦国時代から、この『とんぼ』の真直ぐに飛んで決して後戻りが出来ないという性質を重視し、武具や刀装に用いて、戦場に出かける武士の心得を表すと共に、常に前進して勝利への祈願としました。戦国時代の武将達にとって、トンボは勝ち戦への証となりました。ちなみに「織田信長」が所有した兜(かぶと)の中にも、蜻蛉をモチーフとした前立(まえだて)が施(ほどこ)された物があります。飛行機が飛んでいるように見える(?)トンボには「精霊(しょうりょう)トンボ」とも呼ばれるものがいますが、このトンボは先祖の魂を載せて連れてくるとも言われています。 
 ちなみに、『日本書紀』には、大和の地で即位された「※神武天皇(じんむてんのう)」が小高い丘の山頂から「※国見(くにみ)」をされた折(おり)、「『秋津野(あきつ)』の臀呫(となめ)の如(ごと)し(トンボの交尾のような形だ)」と述べられという記述があります。そこから「秋津州・秋津島(あきつしま・あきづしま)」の名が得られました。これが古来、トンボ(蜻蛉)が『秋津(アキツ・アキヅ)』と呼ばれた由来です。また、『古事記』では、「※雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)」が狩りをされたとき、休憩中に虻(アブ)が天皇の腕を刺しましたが、蜻蛉(あきず=トンボ)がその虻をさっと捕まえ飛び去りました。天皇はそのことを歌に詠んで讃(たた)え、大和(ヤマト=日本)の国号を『蜻蛉島(あきづしま=あきずしま)=トンボの国』としたと伝えられています。
※『神武天皇』は、初代天皇(在位:神武天皇元年1月1日 - 神武天皇76年3月11日)とされる日本神話(『古事記』・『日本書紀』(記紀))上の伝説上の人物です。
※『国見』とは、「天皇や地方の長 (おさ) が高い所に登って、国の地勢、景色や人民の生活状態を望み見ること」です。もともとは「『春の農耕儀礼(ぎれい)』で、1年の農事を始めるにあたって農耕に適した地を探し、秋の豊穣(ほうじょう)を予祝(よしゅく=未来の姿を先に喜び、祝ってしまうことで現実を引き寄せること)したもの」です。
※『雄略天皇』は、日本の第21代天皇(在位:安康天皇3年11月13日 - 雄略天皇23年8月7日)。『日本書紀』での名は大泊瀬幼武(おおはつせわかたける)天皇。考古学的に実在がほぼ確定している「古墳時代の天皇」です。中国側の史料にみえる「倭の五王」の最後の『武王』にあたることは確かで、さらに埼玉県の『稲荷山(いなりやま)古墳の鉄剣銘(てつけんめい)』では雄略天皇在世中の「辛亥(四七一)年」当時に「獲加多支鹵大王(わかたけるだいおう)」と記されていたことがわかり、熊本県の『船山古墳の太刀銘(たちめい)』も同様に解読されて、一部には異説もあるものの、「五世紀後半の雄略天皇時代の大和政権の勢力は関東から九州にまで及んでいた」と推測されるに至りました。
かわせみ(翡翠)(2024年2月7日)

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カワセミの動画(2024年2月7日)

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「前へ」進むため、何時も川のコンクリートの土手の淵(ふち)にちょこなんと座って、いや立って、じっと前を見続けている小さな小さなカワセミ(カワセミは湯殿川で1番小さい鳥ではないのかではないでしょうか。ハクセキレイやハグロセキレイよりも小さいキセキレイ[体長20cmほど]よりも小さく見えます。)。獲物(えもの)を狙(ねら)い、見つけると急に川に飛び込んで行きます。いや飛び込むというよりも、立っている所から真下に、真っ逆さまにダイビングをしているように見えます。ちなみに、カワセミは、全長17cmほどで(16-20cm)、スズメよりも大きいですが、長い嘴(くちばし=長さ3.3-4.3cm)のため、体はスズメほどの大きさです。羽色は非常に鮮やかで、翡翠(ひすい)のような体色に赤い嘴を持っています。この美しい外見から「渓流(けいりゅう)の宝石」などと呼ばれます。特に両翼(りょうよく)の間からのぞく背中の水色は鮮やかで、光の当たり方によっては緑色にも見えますが、漢字表記が「ヒスイ」と同じなのはこのためです。