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3月初旬に義父が永眠しました。
74歳でした。
原因は直腸ガン ステージ4
義父さんの兄弟が明け方に病院にかけつけてくれその後、主人が病院に到着してそのまま息を引き取りました。
入院していて車イスに何日か乗っていて会話は出来ていたけどその数日にはもう寝たきりの状態になってしまって。
ドクターからはリンパに転移していてこれ以上の治療は出来ないので(体にカビがあるので抗生剤の点滴を入れてますなので、抗癌剤治療は出来ないのです)そんなに長くないという宣告を受けてそのままがんセンターの病院で時を過ごすかケアセンターに転院するかという選択。
兄弟に会いたいという義父の希望を叶える為、
ケアセンターに転院を望み。
転院を決断する前は下見も兼ねて転院先の先生とお話をする事が出来てすぐに決断出来ました。
3週間後くらいかなぁ市内から都内の病院に転院ができました!
最初は一般病棟でベッドがあいたらケアセンター病棟に。その病棟があいたので4日くらいでケアセンター病棟に移動してから病状が色々かわり
目も開かずまぶたを一生懸命動かしているのがわかるくらい。そしてもう声も出ず口も動かす事ができず。この時は足は動かず手は動かせてました。
熱が上がったり下がったりしてて、熱が下がると低体温症になる日々が続いていたのでホカロンを入れてもらいました。
その頃娘も会いに来てくれて、沢山手を動かし
動かなかったまぶたも動き。
手も思いっきりあげる動作が確認出来たので孫の力は偉大だなと痛感。
ケアセンター担当のドクターからはご飯を食べられなくなってから覚悟して下さい、
眠る日も多くなってくるので会わせてあげたい人がいたらどんどん会わせてあげて下さいと。
その間お会い出来なかったけど何人か来てくれました。
まだ生きていたいという気持ちが表れている最中、耳は聴こえているようなので、お義父さんに声かけたり娘は歌を歌ってあげたりと。
手を握ったりして語りかけてました。
ケアセンターの中でも本格的にとなったら個室になったので、面会時間がフリーでギリギリまで病室にいたり、主人と代わりながらみたりしてました。
3月迎えられたと思った矢先の初旬
明け方、病院から連絡があり病院に着いて主人は看取る事ができました。
娘を学校に送り出し私はそのまま病院に直行。
向かっている途中で明け方に息を引き取ったという知らせを受けました。
隣に知り合いがいたので自分を保つ事が出来、
斎場で義父との対面が出来ました。
ガン ステージ4という恐ろしさを
そしてこんなに早くというなんともいえない気持ち
入院する何日か前に連絡取っていたのでなぜもっとその様子に早く気がついてあげられなかったのかとても悔やまれます。
また書かせて頂きます
長々と読んで頂きありがとうございました。