[一人で営業]

 

 数ヶ月が過ぎ、事情があってウェイターが辞めることになった。 いつものように貼り紙をしたが、今度ばかりはなかなか見付からなかった。

 

 私は落語の一節を思い出した。 「船場の大将、人を半分に減らしたが、商売がやっていける。 それでその半分にしたところ、それでも旨くやっていける。 とうとう自分一人となってしまった。 しばらくして、彼も、どこかへ行ってしまった」

 

 私はどこへも行かないが、今度は一人でやってみようと考えた。 その内に人も見付かるだろうと思ったのである。 それには店内を少々改造する必要があった。 客席とキッチンの仕切りを取りはらい、カウンター台を取付け、レジスターを置いた。 出来た食事は、そこまで、お客さんに取りに来て貰い、それと引替えに代金をいただく、お水とお茶はカウンター台に載せ、セルフサービスとした。 カッコよく、卓上に置いていたメニ-ブックをやめ、カウンター台の頭上に写真入りの大きなメニーボードを取り付けた。 この工事もすべて自分でやった。

 

 これで私は、お客さんを見ながら、クッキングや洗い物が出来る。 お客さんからも、こちらの行動を一部始終見ることが出来る。 これはどこのレストランでもやっているから、珍しくない。 変なのは、何時も私が、唯一人で仕事をしていることである。 世間体さえ捨てれば良い。 私はこの町に住んで長いが、今でも、自分は旅行中だと思っている。 「旅の恥は掛け捨て」と、言われている。 旅行者の中には、人様に迷惑を掛ける行為をして、そう思っている人がいる。 でもそれは誤り、本当の恥ではない。

 

 数年前のような忙しさはなくなった。 お客さんも、ほとんどが常連の人達だった。 仕込みと準備さえ完璧にしておけば、調理による時間的な迷惑はかけない。

 

 これが大変うけた。 そしてなによりも嬉しいのは、今まで従業員に渡していた給料がそっくり残ることであった。

 

 

 

[パニック状態]

 

 ところが、時々、ドカッとお客さんが入ることがある。 近くのホテルにツアー客がたくさん滞在し、自由行動の日で、食事が付いていない時であった。 ツアーの種類がまちまちなので、その曜日は決まっていない。 今までに予想を立て、手伝いを増やして待っていたが、すべて的が外れた。 そんな持、すぐに来てくれる助人もいないから、成り行きまかせにしていたのである。

 

 満席になった時、それは、それは大変である。 パニック状態になりながらも、急いで入口に走って行き、ドアーを閉め、カンバンを吊るす。 それには「勝手ながら、ただいま、満席に付き、しばらく閉店させて頂きます」と書いてある。 人間の心理で、中に人が、いっぱい居ると、余計に入りたくなるものである。

 

 大きく日本語で書き、目の位置に吊り下げていた。 それでも気付かず入ってこようとする。 こんな場合、丁寧にお断わりをし、近くにある日本レストランを紹介した。 でも、こんな時に限って、常連さんがやって来る。 こちらは断われないので非常に困った。

 

 満席となったお客さんに向かって、「今日は事情があって、一人でやっています。 近くに日本食レストランが数軒あります。 お急ぎの方々は、そちらの方へお願いします。 その場所はここと、ここです」と告げた。 私は少しでも、余所へ行って貰った方が有難い。 でもそう言うと、返って出て行く人がいないことが分った。

 

 納得して待っていてくれる、私は落着いて、お客さん全員の注文を聞く、時には、私の都合で注文を決めてもらったりする。 うどんかラーメンがほとんどで、すでに準備が整っているから、作り出したら早い。 客席からキッチンが丸見えなので、私が一生懸命にやっている姿を見て安心している。

 

 台風一過、昔のように、お客さんが外で待っていて、入れ代わることはなくなった。時間にして、忙しいのは一時間程、その後は、入っても数人である。 日本人客は食べ終わると、すぐに出て行くから助かる、それに食器類はカウンターまで運んでくれる。

 

 お客さんの中には、私が一人でやっているのを見兼ね、気の毒に思ったのか、「手伝いましょうか」? と、親切に言ってくれる人もいる。 私は丁寧にお断わりをし、山となった食器類の洗い物を始める。 それが終るまで数時間はかかる。 でも売上げが良いので、全然苦にならない。

 

 それに比べ、暇な時は困る。 準備した材料が、いたみ出す。 もったいないが捨てるしか方法がない。 レストランの外に出て、通りを見ると、しんと静まり、通りに人気がまったく居ないことに気付く、こんな夜は早く閉める事にしている。 今までの経験から、待っていても無駄なのである。 ところがそんな夜に限って、閉めた後に常連さんがやって来て、後日叱られた。

 

 レントが安くなったし、使用人の給料の心配もいらないから、何のプレッシャーも掛からない。 人が何と言おうと、こんなレストランの営業方法もあったのだと、私は心の底から、この仕事をエンジョイした。

 

 冬場の暇な時期、ニュージーランドヘスキーに出掛けた。 レストランの貼り紙には、はっきりとその理由を記載し、一週間休業した。 落語で「一人になったらどこかへ行ってしまった」が実現したのだ。