甲子園大好きの僕が、自分の思い出を残しておきたいという自己満足と、もしかしたら自分の思い出に共感してくれる人がいるかもしれないという好奇心から、過去の思い出に残る甲子園の試合を綴っていきたいと思います。

 

1991年春 大阪桐蔭甲子園初出場

 

2026年春の選抜大会は大阪代表の大阪桐蔭高校の選抜5回目、春夏通算10回目の優勝で幕を閉じました。21世紀以降全国屈指の実績を誇る同校ですが、最近ではかつてほどの勢いがなくなってきたという評判の中での優勝でした。大阪桐蔭強し!を改めて感じた春の選抜大会でした。しかも、大阪桐蔭は甲子園で決勝に進出した場合の優勝確率が100パーセントと無類の強さを誇っています。この勝率にはただただびっくりです。

 

昭和50年生まれの僕にとって大阪代表と言えばPL学園でした。清原・桑田のいた世代や立浪、野村、片岡、橋本のいた世代の甲子園での活躍は今もなお強烈な記憶です。今でもこの2チームのどちらかが甲子園史上最強のチームと思っています。ですが、数字を比較してみると、PL学園の優勝回数は春3回、夏4回で春夏通算7回なのです。PL学園最強だと思っていた僕にとっては、大阪桐蔭の優勝10回という数字は認めたくない数字なのですが。

 

僕が大阪桐蔭というチームを初めて知ったのは第63回選抜大会(1991)年でした。この大会甲子園に初出場した大阪桐蔭が1回戦、仙台育英との試合は衝撃でした。エースの和田投手が1989年夏の大会の準優勝校相手にノーヒットノーランを達成したのです!この大会では、準優勝した松商学園との準準決勝で0対3で敗戦していますが、この大阪桐蔭というチームのインパクトは絶大でした。この大阪桐蔭という学校が夏も甲子園に出場してこれるかとても楽しみでした。

 

 

1991年夏 大阪桐蔭対秋田

 
その年の夏、大阪桐蔭野球部は見事激戦区大阪を制し甲子園に帰ってきました。夏の甲子園も初出場です。夏も初出場ですが、自慢の攻撃力に加え、春の選抜でノーヒットノーランを達成した背番号1番の和田投手、10番の背尾もさらに力をつけ優勝候補に挙げられていました。
 
この夏の大会でとても印象に残っているのが、3回戦の秋田高校戦です。この年の秋田大会は、2年前に1年生投手として夏の甲子園ベスト4の立役者となり、甲子園のアイドルだった秋田経法大付属の中川申也投手が注目でした、その秋田経法大付属を決勝戦で破り甲子園出場を決めたのが秋田高校でした。秋田経法大付属に勝って甲子園に出てきたので、その点で注目はされていましたが選抜ベスト8で大阪代表の大阪桐蔭との試合は、大阪桐蔭有利と見ていた人が多かったと思います。
 
大阪桐蔭の先発は10番の背尾投手、秋田はエースの菅原投手でした。この時の秋田の捕手も菅原という性で、中学校からバッテリーという紹介でした。
試合は1回裏、2年生捕手の菅原選手のホームランや菅原投手のタイムリーなどで秋田が3点を先制します。何とか、大阪桐蔭も7回に1点を返しますが、1対3のまま9回表の最終回の攻撃では二死ランナー無しまで追い込まれます。
そこから6番沢村選手のスリーベースヒットをきっかけに一点差に迫り、背尾投手を継投していた和田投手のしぶとくセンター前に転がす同点のヒットで土壇場で大阪桐蔭が試合を振り出しに戻しました。
 
試合は延長11回、9回にスリーベースヒットを打っていた沢村選手がこの日4安打目となるホームランを打ち、とうとう勝ち越しました。なんとこのホームランで甲子園史上4人目となるサイクルヒットを達成しました。
 
試合はそのまま4対3で大阪桐蔭が勝利しました。

 

 

この試合、最後に劇的なサイクルヒットとなるホームランが出た試合として注目されましたが、その後の試合を猛打で勝利し、優勝した大阪桐蔭を今大会一番苦しめたのが秋田高校でした。九回二死まで2点差をつけてリードしていたのです。秋田県の公立校が見せた戦いが¥は見事でした。何より、菅原先輩・後輩バッテリーが見せた息の合った投球が観る者の心を打ちました。

 

大阪桐蔭はその後、準準決勝で強打の帝京高校を11対2、準決勝で二年生の四番バッター松井秀喜がいる星稜を7対1で下して決勝進出をします。決勝では二年連続の決勝進出を果たした沖縄水産を相手に一時4点をリードされながら、打線が爆発し13対8で勝利し夏の大会初出場初優勝を飾りました。

 

この年は春ベスト8、夏優勝と激戦区大阪から出場した初出場校が高校野球界に十分すぎる殴り込みをかけた一年でした。

21世紀に入ってからの戦績はすごいの一言しかありません。

 

(大阪桐蔭優勝の陰で)

決勝戦を戦った沖縄水産は2年連続の決勝進出で沖縄勢悲願の甲子園初優勝の期待がかかっていました。沖縄が本土復帰した1972年の夏から県民が抱いていた夢でした。痛み止めの注射を打ちながら沖縄大会予選から投げぬいてきた大野投手の力投が胸を打ちました。

 

ああ、懐かしの甲子園。