みかんが退院してから私は、ノートにその日に何時に何をどのくらい食べて、水をどのくらい飲んだか、おしっこ、うんちなど毎日細かく書いていました


猫を飼ったのは初めてで、今まで病気で困った事が一度もなく、病気というものに対して何の知識もありませんでした

そんな時もやった事を一つ残らず書き留めておきたいと思ったのと、後で見ると役立つことも多かったです

また看病や介護も全くどうしたらいいのか分からず、ネットで調べたりしましたが、どうしても関連で死を予測するような記事を見てしまうのが嫌で、あまり見ることもできませんでした

とにかく先生がおっしゃっていた事だけを信じてやっていたように思いますが、疑問がやはり次々と出てきたときは家族に話したり相談したり不安を和らげていました


元々は娘が小学生の頃、どうしても飼いたいと反対を押し切って連れて来た子でした

私も子供の頃、小動物をたくさん飼っていましたが、死んでしまった時の悲しみが辛いから、生き物は飼わないと思って何年も過ごしてきたのですが、あまりのかわいさに負け、すっかり私が1番ハマってしまいました

娘や息子は巣立ち、そんな時も夫と私の中に入り寂しさを和らげてくれました、そして私に一番懐いていました

元気のない姿を見るたび心が痛み、胸が締め付けられ、何が正解なのか、ほんとに分からず、ただそばにいるだけでした

先生に聞けばおそらく余命もだいたい分かるのでしょうね

でもそれだけは聞けませんでした

それでも様子を見れば、先が長くないという事は想像できます

どうしたらいいのかわからない状態のまま、今の私にできることは無理をさせず、ストレスを与えず、寄り添う事だけだと自分に言い聞かせていました

それでも心が苦しくなり落ち込む私を見て夫を含め周りの人は、もう十分やってあげているよ、ありがとうと言ってる、それに野良猫ならとっくに死んじゃってるんだから…などと言いました


それを聞くと涙があふれて、そうなんだけど…でももしかしたらもっとしてあげられる事があるかもしれない、もっと元気になるかもしれない

先生も、一番何をしてあげたいのかで向き合い方は変わってくると

ご飯を食べさせてあげたいのか、治療を進めるのか、ただその子の意思を尊重するのか…

それは分かっているのですが、何を選択したらこの子が幸せなのか、決める事が辛かった

とにかく苦しませたくない、これが私達家族の一致した意見でした

なので病院に入院して治るのかわからない辛い治療を続けるのも、食べたくないご飯を無理やり口へ運んで飲み込ませることも、みかんは望んでいないと考えたのです

きっと、慣れた家で過ごしたいはずだと

話はできないからそう思い込むしかありませんでした

ご飯を食べないのも、みかんが食べたくない、それを尊重して自然に任せること

幸いにも家族が同じ意見だったので、みかんの気持ちに寄り添う事だけを考えていました

少しずつでも何か食べてくれると、その事だけで気分が晴れるような気持ちになり、顔をそむけて一口も食べない時は、暗く重い気持ち、その繰り返しでした

顔もその時々で違うようにも見え、小さく鳴いたり、ゴロゴロ言ったり、しっぽを動かしたり、ほんの小さい動作が私を支えてくれました

そのたびに、ありがとうね…何度も言いました