私と夫が今暮らす地域に引っ越してきた7年ほど前のことである。義父とその再婚相手である義父妻、夫と私の4人で喋っていた時のことだ。

 

「俺は鮭が苦手なんだ」と義父が言った。

 

それを聞いた私は、“え?ちょっと待って・・・”と、混乱した。

 

というのは、過去に何度か義父が私たちの家に泊まりに来たことがあり、我が家での食事に鮭を出したことが何度もあったからだ。夫や義父が食べられるものを使って料理をするよう心がけていたせいか、私が作るものに対して義父はいつも“美味しい”と言いながら食べてくれていた。

 

特に私たちが日本で暮らしていた時には、義父は一ヶ月ほど我が家に滞在。自宅での夕食では、夫の希望で焼き魚定食にすることがあり、その場合、ほとんどが鮭だったと思う。サバ、ホッケやアジの開きなどの青魚は義父には食べられないと考えたからだ。

 

以前、義父が“イワシが嫌い”と言っていて、その理由にニオイを挙げていたことを私は覚えていたので、青魚は出さないことにしていた。それで無難なものとして、魚=鮭となっていたのである。しかし、あれから20年近くが経って「実は鮭が苦手だった」と知って驚いた。

 

「ええー!?お義父さん、鮭、嫌いだったの?知らなかったよ。言ってくれれば良かったのに。何度も鮭を夕食に出しちゃっていたよね。ごめんねー。」と言う私に、

 

「いや、いいんだ。あまり好きじゃないけど、食べようと思えば食べられる。ただ、他に選択肢があるなら鮭じゃない別のものを選ぶっていうだけのことなんだよ。」

 

と義父は言った。

 

大嫌いとまでは行かないが、わざわざ鮭を選ぶということはしないという程度らしい。

 

私は全く知らずに鮭を出していたので、それでも義父に申し訳ないと思った。

 

 

 

 

先日、義父と義父妻に連れられて、レストランに出かけた。義父妻は「私はサーモンにするわ。」と、メニューを見ないうちから決めていて、そう言った。

 

好き嫌いがとにかく激しい義父妻は、いつも同じものしか頼まない主義で、新しいものを試すことを嫌う。それは本人が日頃から言っていることで、この日もそうだった。

 

義父と夫もそれぞれ注文する料理を決め、雑談をしていた。その時に義父妻が食べ物の話を始め、そこから彼女の好きなものと嫌いなものについて、そのうち、自宅での料理についてちょっとした不満を言い始めた。

 

「私はね、サーモンが好きなの。」と、義父妻はそこにいる全員に言い聞かせるように言った。そして、「でもね、彼(義父のこと)がサーモンを好まないから。」と、続けて言った。

 

義父は義父妻を見て言い返した。「だからなんだ?」

 

「あなたのせいでお家でサーモンを料理出来ないんじゃないの!」と、義父妻は言った。

 

そして2人は言い合いになってしまった。

 

義父:「何言っているんだ?俺はサーモンが好きじゃないって言っているだけだ。食べられないとは言っていないだろ?」

 

義父妻:「同じことじゃない?好きじゃないって言われたら、なんでそれを夕食に出せるのよ?」と、ムスッとした顔で義父妻も言い返した。

 

義父:「俺は食べられないとは言っていないじゃないか。他に選択肢があればそっちを選ぶけど、“今日はサーモン”って言われたら、それを食べるに決まっているだろ!?食べたければ家で料理したって良いんだぞ。」

 

義父妻:「そんなこと言われたって、あなたが好きじゃないものを出すなんて・・・、気分良く料理できないわよ。」

 

 

 

私は数年前の義父宅での会話を思い出していた。

 

あの場に義父妻もいて会話をしていたのだが、彼女の好物のサーモンが実は好きじゃないと告白した義父の話を全く覚えていなかったのだろうか。好きではないが、食べようと思えば食べられると訂正していたのを私は覚えているのだが。

 

でも、私が好きな食べ物について夫から「好きじゃないけど食べられる」と言われたら、どうだろう。いくら私が食べたいからと言ってそれを夕食に出すのは、やはりためらうだろう。

 

この人はこれをあまり好きでは無いという事実を知っているのに、わざわざ出すのはなんだか意地悪をしている気になるからだ。義父妻も多分、同じ思いなのではないか。

 

まぁ、年に2・3回くらい、一緒に食事をする相手があまり好きじゃ無いもので夕食にするのは、場合によってはあっても良いと思うが、その時には「どうしても⚪︎⚪︎が食べたいから、今日の夕飯はそれでも良いか」と相談し、合意をしてもらう必要があるだろう。それが家族間といえど、マナーだと思う。

 

ついでに「その代わり、明日はあなたが好きなもので夕食にするから」と付け加えられたら、もっと良いだろう。

 

義父妻も思い切って義父に「今日はサーモンにしたいんだけど。」と言えば良いだけのことだったのだが、彼女も黙っていたために、我慢が続くという結果になってしまった。

 

私は夫の好みを大体は把握しているつもりだ。しかし、夫はこれが嫌いだと思っていたものが、実は食べようと思えば食べられるものがあるかもしれない。もっと色々聞いてみよう。