【テーマ・りか】


昨年まででは
考えられないほど
たくさんのつぼみを
蓄えていたのに

最初の開花は
間に合ってはくれませんでした。

三十代のうちに
見たかったと
望んでいたようです。

わがままですね。



最初の一輪が咲いたのは
一昨年と同じ
雨の朝でした。

事情があって
写真が撮れず
観察日記をあきらめました。

それから数日
次から次へと
三色の花が咲き乱れ

事情も変わって
写真を撮れるようになったいまも

撮れずにいます。

いいえ。

あさがおは
素晴らしく美しいです。

ここに写真をのせさえすれば
遠く離れた見知らぬ誰かにも

あさがおの美しさを
伝えることはできるのでしょう。

けれども

わたしの願いが
ほんとうは別のところに
あるということに

なんとなく
気がついてしまいました。


気がついた以上
あさがおにかこつけて

甘えるわけには
いかなくなったのです。









【テーマ・こくご】


あるところに
紙とペンがあった。



紙のあるじは
いつもその紙を眺めている。

紙はいつもいつまでも
真っ白なまんま
何度でもあるじに見つめられ

いつしか役目を忘れた。


ペンのあるじは
いつもそのペンを握っている。

ペンはいつもいつまでも
インクを蓄えたまんま
何度でもあるじに握られて

いつしか役目を忘れた。


紙は書かれることを忘れ
ペンは書くことを忘れた。



あるところに
紙とペンがあるじと共にあった。

あるところには
いまもなお
紙とペンがそこにあるという。

あるじなき
いまもなお。













【テーマ・ひるやすみ】


存在を知っていて
身近にあったこともあったのに
近寄れなかったものが
たくさんある。

いくつかの本がそうだ。

読んだひとを深く感動させると
わかっているものには
手を出せなかった時代がある。

そのときは気づかなかったが
全身全霊で拒絶していた。

それらの物語をわたしが
ほんとうに読めるように
なるまでには
長い長い時間が必要だった。

それらの物語はほかの誰かを
未来に向かわせるちからがあったが

わたしにはそのちからに
救われるだけの準備がなかった。

然るべき時期に出逢いの機会を
逃したのだと思うことの方が
いくらか自分の助けになるような
気がしていたに違いない。



確かに
もしもあのときに
それらの物語に出逢っていたなら
違ういまもあったろう。

然るべき時期に出逢っていれば
未開拓の未来を照らす
重要な灯りになっていたかもしれない。

得体の知れない大きな助けに
ためらいなく寄りかかることも
あるいはできたのかもしれないと思う。



けれどもわたしは出逢わなかった。
そのときは。

幾年も年月が過ぎて
何もかもが手遅れとさえ
思えてくるくらいに

こころが老いて疲れたころ

旧友に出くわすように
初めて対面することになる。

あのときすれ違っただけの
わずかな縁が舞い戻ってきて
今度こそ逃れることはできない。

そしてそれらが与えるのは
若いころに出逢えば得られたであろう
得体の知れない大きなパワーではない。

夜のとばりに早々と灯るような
順当で親切なあかりではないが

夜明け前のもっとも深い闇に
ぽつりと灯る小さな炎のようだ。



幸運な偶然ばかりに気をとられ
そんなものがおいそれと
足許に転がっていやしないと
愚かな不遇に嘆くはずの暗闇。

そここそが正念場だと
気づかなければそれまでの
もっとも深いこころの闇。

出逢いはこのときを
待っていてくれたのだろうか。

道に迷わぬよう予めわたしを導く代わりに
さんざん迷って疲弊したころに
ようやく現れて

あきらめてはいけないと教える
そのためだけに
機が熟すのを待っていてくれたのか。




ひねくれるにいいだけ
ひねくれ続けた時代だった。
それが死ぬほど情けなくて辛かった。

良縁を避けて生き急いだつもりだった。

自らを見捨てたつもりになるのは
なんとも甚だしく愚かしい。

この小さな炎はそんな自分を
はっきりと照らし出しながら

夜明け前の暗闇を唯一照らす
最期の灯火となることを
きっと選んでくれたのだと思う。