こっち向いて
ねぇ、こっち向いて
「こら斉藤、今は黒板見なくていいから」
あたしの席の真横で先生が小さな声でそう言った。
落書きばっかりのノートで顔を半分隠して
先生を見上げた。
「設題4、当てるから」
先生はこつんとあたしの頭にげんこつをした。
数学の時間は好き。
先生のこと、ずっと見てられるから。
設題4とやらを隣の席の子を盗み見て
なんとなく解けた風にする。
「じゃぁ当てた人、黒板に書いてー」
黒板にカツカツ、数字の羅列を書いていく。
「お、解けてんじゃん」
先生があたしを見て微笑んだ。
ほっぺた熱くって、ノートでまた顔を隠す。
チャイムが鳴って、挨拶をする。
「せんせ、ノート見て」
数学Ⅱ
そう書いてあるノートを、みんなのノートと一緒に出した。
帰りのホームルーム
「斉藤、あとで職員室これる?」
先生のお呼び出し。
もっちろん。
先生にならいくらでも時間を費やせる。
職員室に行くとノートを持って会議室に移動して
お堅い数学のおべんきょ。
あたしが正解すると、先生はよしよししてくれる。
「よくできました」
にっこり笑った先生が大好き。
伝えたくても、伝えられない。
もどかしいけど、それでいいんじゃないかな。
「斉藤さーん、水城先生が呼んでるってー」
あ、忘れてた、数学の宿題…
いや、待って、あたしだけお呼び出し!?
…この前の小テスト、ゼロ点だったからかな…?
これお説教…やっば…
「失礼しまーす…」
いつもの会議室にプリントと筆記用具を置いてる先生がいた。
「なんでしょ…」
先生はあたしを隣の席に座らせた。
いつもは向かいに座らせるのに。
なになになに…
「斉藤、話がある。」
「…ぁい」
「俺、4月から転勤になった」
…え
転勤?
この高校じゃなくて
…ってこと?
あと、2ヶ月ないってこと?
「だから、もう斉藤の勉強見てやれない」
…うん
「あと、お前もう俺の生徒じゃなくなるから」
……うん
「だから言いたいことがある」
………うん
「これ俺のノート貸すから、これで勉強して」
「…うん」
「それから」
そう言うと先生は体ごとあたしの方を見た。
「好きなんだ。…わりぃけど、女の子として、斉藤のこと」
…………え?
「俺の生徒じゃなくなる代わりに、
俺の彼女になってくれないか」
あたしの言いたかった言葉
聞きたかった言葉
「…ぁ、あたし…?」
「おまえ。」
まっすぐ見つめる先生の瞳
25歳の男の人の目
「バカみたいにわかりやすくて下心見え見えなんだけど
それでもわかんない数学ちゃんとして
まっすぐで一生懸命なお前が好き」
きらきらするのは夕日のせい
ドアの向こうの生徒の声が遠くに感じる。
「…あたしも…好き…」
頬をぬらしたあたしの唇に
一度だけ、柔らかいものが触れた
おわり。
