・突然の非常戒厳令布告

 今月3日にお隣りの韓国で突如「非常戒厳令」の布告が宣言され、多くの市民が戦々恐々としている。昨日12月3日に韓国の尹錫悦大統領は突然臨時会見を開き、「野党を中心とする北朝鮮追随勢力と北朝鮮のスパイ連中が政府を攻撃し、国家を転覆しようとしている」と用意された原稿を読み上げ、韓国の野党政治家を糾弾した。

臨時の緊急記者会見を開く尹錫悦大統領


 更に尹大統領は「国民に痛みを伴う事を承知で敢えて発表する。私は自由民主主義と大韓民国を守る為に従北勢力(親北朝鮮の人達)もはや北朝鮮の工作員と言っても過言では無い共に民主党(最大野党)を中心とした"反国家勢力"とその支持者を徹底的に撲滅し、壊滅させる為に非常戒厳令を布告する」と発言した。

戒厳軍最高司令官に就任し一時的に韓国政府の独裁権を掌握した朴安洙陸軍大将


 非常戒厳令布告に伴い「戒厳軍司令部」が設置され、韓国陸軍参謀長の朴安洙陸軍大将が「戒厳軍最高司令官」に就任し司法権と行政権と立法権、警察権の掌握を宣言し「戒厳布告後の政府批判、政治集会、結社の自由などの憲法的措置を停止する。全ての国民、政党、新聞報道機関、組合などが軍の統制を受ける事になる。」と表明した。



・戒厳令とは

 「戒厳令」とは軍事独裁国家戦時体制の軍事国家に存在する法令で戦争や反政府デモ、暴動など国内の内乱を弾圧、鎮圧する為、民主主義の根幹である憲法を停止し立法権、行政権、司法権、警察権の全てを「軍隊」に任せ、反対勢力を軍隊で鎮圧する超法規的措置、時限的独裁措置である。

国会前でもみ合う戒厳軍部隊と反軍デモ隊


 特に今回韓国で布告された「非常戒厳令」は憲法の無期限停止や政党の解体、政府に反対する活動の全面的非合法化、夜間外出禁止、政府によって反国家勢力または外国のスパイと認定された人物の逮捕、及び裁判無しの処罰が可能となる戒厳令の中で最も強権的かつ独裁的な措置と言われている。




・過去の政治を彷彿とさせる

1980年軍事独裁政権下の韓国での軍事行進パレード
軍人大統領の朴正煕将軍と全斗煥将軍


 韓国での非常戒厳体制は1980年代に軍事独裁政権が打倒され非常戒厳が解除され、民主主義政権が発足した「6月民主化抗争」以来実に43年ぶりの事であり、市民を中心に「歴史的暴挙、反憲法的クーデター」、「検察独裁から軍事独裁に昇格した」、「反憲独裁政権を弾劾すべき」との抗議活動が首都ソウルを含む戒厳地区全域で発生した。


 韓国は張都映・朴正煕ら陸軍による「1961年5・16軍事クーデター」以降、1987年まで26年に渡る軍事独裁政権により支配され、その間非常戒厳令が敷かれ、結社の自由や表現の自由、報道の自由、基本的人権等などの憲法的、民主的制度が破壊された。


 朴正煕、全斗煥、盧泰愚といった軍人大統領が跋扈し、野党弾圧や反政府知識人の残虐な取り締まりや暴力的な軍事独裁政権の強化に非常戒厳令を用いたのは韓国国民によく知られている。


 しかし1987年の6月民主化抗争以降、韓国は民主主義統治が定置し、軍事独裁も非常戒厳令も過去の言葉となっていた。しかし今回の尹大統領の非常戒厳令で韓国人はそれらの言葉を嫌でも思い出させる事になった。




・なぜ戒厳布告がされたのか

 1つに韓国政治の混乱と野党の北朝鮮融和政策に軍部が危機感を持った事が理由として挙げられる。


 現在韓国大統領を務める尹大統領は元々人権派弁護士出身である左派の文在寅前大統領の側近で2019年に文在寅政権下で検事総長に任命され、2022年に文在寅大統領の後を継ぎ大統領に就任したが、その後袂を分かち、文前大統領を支持する野党勢力「共に民主党」と尹現大統領を支持する与党勢力「自由国民の力」による対立が激化していた。


 しかし、尹政権を支持する与党自由国民の力は国会内では少数与党で野党である共に民主党が多数を占めるというねじれ状態「与小野大」の状況だった。


 尹錫悦大統領は与小野大の現状打破の為に検察を動員し、文在寅前大統領の娘夫妻など前大統領の親族や側近、最大野党「共に民主党」代表を務める李在明氏など前大統領派の野党共に民主党の幹部を汚職や収賄の罪で多数捜査逮捕し、野党排除の動きを強めた。

不祥事で逮捕される文前大統領の娘の文多恵氏
収賄の疑いで警察に出頭する最大野党の李在明代表


 野党側もこれに対抗し国会多数派という地位をいかし、政府の経済政策や安保法案をことごとく否決妨害し大統領を事実上の植物政権に追いやっていた。 一方の尹政権側も野党の法案や政策を大統領拒否権を使って否決妨害するという状況だった為、韓国はここ2年政治が機能していない状況だった。


 また対北朝鮮政策を巡っても政府と野党は対立。尹大統領は軍事独裁政権時代を賛美する発言をしたり、野党を「北韓に追従する反国家勢力」と暴言を吐いたり、北朝鮮への露骨な敵視政策など極端な国家主義、愛国主義的な主張を展開した為、マスコミからは「極右大統領」「極右検察独裁」という批判を受け支持率を落とした。


 一方野党の共に民主党は北朝鮮に極めて融和的とされ、党執行部にや李党代表の周辺には相当数のスパイや工作員が実際に潜んでいるとされ、韓国軍部は危機感を抱いていた。


 そして来年度の政府予算案において北朝鮮の軍事的脅威が高まるにも関わらず野党共に民主党が防衛費予算と治安警察予算の削減を国会で野党のみで可決させた事で大統領&軍部と野党を中心とする国会による対立が表在化した。そして今日夜に尹錫悦大統領と軍部によって非常戒厳令が発令される形となったのだ。




・今後の予想・

 今回の非常戒厳令の中心的な人物は金龍顯国防部長官と見なされている。金龍顯長官は合同参謀本部作戦本部長を務めた上級軍人で軍部の中でも最も対北朝鮮強硬派、反共極右思想の人物と言われる方だ。

非常戒厳令の中心人物である金龍顯国防部長官


 金龍顯長官は北朝鮮の侵攻危機を理由に与野党の政治家と国会議員を拘束し、憲法を停止する非常戒厳の布告を出すよう尹大統領に圧力をかけたと考えられる。尹大統領も結局それに乗っかり、大統領のみが有する非常戒厳令を布告し、朴安洙陸軍参謀長ら戒厳軍に一時的とはいえ独裁権を与えた。


 非常戒厳令は野党のみならず与党の国民力の韓東勲代表も批判し、午前1時に与野党の全会一致で否決された。これを受け尹大統領が戒厳令の解除を発表し、首都ソウルに展開していた戒厳軍は撤退した。

首都から撤退する戒厳軍


 これを受け非常戒厳クーデターの首班である金龍顯氏は国防部長官職を罷免された後、内乱罪及び国家転覆罪等の容疑で書類送検され、出国禁止処分が下された。また戒厳軍最高司令官となり、一時的に独裁権を掌握していた朴安洙陸軍大将も陸軍参謀長から解任されるなど軍部の粛清人事が行われた。


 更に主に野党からは非常戒厳令を認めた尹錫悦大統領への責任を問う声も上がっており、野党6党による「尹錫悦大統領弾劾訴追案」が早くて明後日(あさって)には国会に提出されるものとみられる。ただでさえ少数与党の中で与党代表らの造反も予想され、尹大統領の弾劾訴追はほぼ確実とみられる。
非常戒厳令を布告し軍部を支持した尹大統領にも一定の責任が生じる

 尹氏の失職後により韓国の保守派は壊滅的な打撃を被り、最大野党の大統領候補が次期大統領選挙を制するとみられる。現時点で李在明氏が有力とされるが李氏は強硬反日派として知られ「韓国のトランプ」の異名を持つほど主に日本へ過激な暴言や差別発言を繰り返しており、日韓関係は間違いなく悪化するものと思われる。