2025年、年明け早々、

うつ状態が悪化の一途をたどる父は

自分から願いでて精神科病院に入院した


そこから3ヶ月入院するも回復のきざしなく、強制退院


退院後

グループホーム入所も自宅からディサービスも父が拒否した為、相談員から「1度家族で話し合うように

」と電話がかかってきた


急きょ、沖縄に行き家族会議をしたのが3月末

父の今後をどうするか頭を悩ませていた最中


突然、母の精神科病院からかかってきた電話

「救急病院に移動します。いつ急変してもおかしくない状態です」


お父さんの事だけでも頭いっぱいなのに

お母さんまで!?

しかも急に死んじゃうかもしれないって

あたまパニック


そして4月からは育休から仕事復帰

育児と仕事の両立どころの話じゃない

両親の事で何度も仕事を休まざるをえなかった


10月に母がなくなるまで、月1回のペースで沖縄入り、今まで使ったことない空港、LCCもフル活用

旅費はもう計算するのやめた



平行して、どんどんダメになっていく父

歩いて行ける距離にスーパーもコンビニもあるのに食事の用意もできなくなって、急いで宅配弁当を頼んだり、毎朝通勤途中に安否確認の電話をしたり


「お父さん、もう生きるのがイヤになってる」

「風呂なんて入る気力ない」


もう、沖縄で父1人暮らすのはムリだ…

と悟りこちらにつれてきたのが8月

そこから県外の精神科病院に入院して4ヶ月、うつ状態も良くならない、それどころか

ひたすらじっとして過ごした結果、沖縄にいた時は自立状態だったのが、要介護1にまで落ちてしまった


今は老健にうつったが、3ヶ月を目処に退院と言われてるので、最近はひまさえあればずっと老人ホーム探し


生きるってなんだろう


死を待つだけ人達が過ごす病院と自分たちが生活してる場面のギャップに、ホントに同じこの世の出来事かと何度も思った


最後をどう迎えるのか

医療の都合で本人や家族に選択肢なんてない事に気付いた

死後片付けは?どうやる?お金は?


今までに経験のないレベルのストレスが、ずーっとかかり続けた1年だった


通勤中、職場の休憩室、飛行機の中、色んなところで泣いた


いつ死んでもおかしくないと一報をうけ

すぐ笑顔で接客しないといけなくて、涙をこらえて仕事するってこうゆうことかって思った


周りに気を使わせないように、明るく振る舞うのがこんなに疲れるとは知らなかった



つらくて、悲しくて、やるせなくて、もうしわけなくて、感情ぐちゃぐちゃの1年だった