およそ遠しとされしもの。
下等で奇怪、見慣れた動植物とはまるで違うとおぼしきモノ達。
それら異形の一群をヒトは古くから畏れを含み、
いつしか総じて『蟲』と呼んだ。
(2006年に放送されたものです)
★2014年4月~12月「蟲師 続章」→ 蟲師 続章 あらすじまとめ
★前のお話は→ 蟲師 あらすじまとめ
蟲師 第26話 草を踏む音
子どもの頃、谷霧の向こうにいる者たちのことが気にかかっていた。彼らはいつも五月雨の前頃に現れて、雷雨が止むころ山から姿を消すのだった。








地主の息子の沢(たく)は今日も川で書を読んでいた。今日は霧がきれいな紫色だと迎えに来た使用人に言ったが白にしか見えない、変わった子と言われた。沢は彼らのことを父に聞いてみた。うちの山で好きにさせといていいのかと言うと彼らは悪さはしない、ずっと昔から来ているらしいが山守らと世間話するくらいのもので何で生業を立てているかはよくわからないが施しを求めることもない。
得体は知れないし深くは関わってこなかったと言う父に滝壺によそ者が出入りするのは嫌だと沢が言うと、うちの跡取りならケチなことを言うんじゃないよ、彼らは渡り鳥と同じと思えばいい、好きにさせておくことだと父は言った。そして今年も彼らはやって来た。
魚釣りをする沢に少年が釣れているかと声をかけた。そこじゃ魚から丸見えだと言う少年は大漁。ここは俺のとこの山なんだからそこの魚をそんなに獲るなと沢が言うとお前がここのヌシなのかと少年はたずねた。持ち主の子どもだと言うとひとり一匹だけもらってあとはヌシ返すと言った。
少年はワタリのイサザと名乗った。今年もしばらくいさせてもらうけどよろしくなとイサザ。ヌシの子のくせに釣りが下手なんて変だよなと言った。沢は山主の子どもが釣りが上手いとは限らないだろうがと思った。
翌日、釣りに出かけると山道のあちこちに石が置いてあって沢は転んだ。イサザが笑いながら現れてうそつきと言った。爺ちゃんにこの山のヌシはちゃんと別にいると聞いたとイサザ。嘘じゃない、この山は家の先祖が少しずつ買い取ったんだと沢は言った。
それでヌシになったつもりか、ここは誰かが勝手にしていい山じゃないぞとイサザ。勝手になんかしていない、ここは特別な山なんだろと沢は言った。ここらの土地が豊かなのはこの山があるからで俺ら一族がずっと守ってきた。滝を堰き止めて里に引こうと皆が言っているのをおさえているのも父さんだと言うと蟲師にそうしろと言われたのかとイサザは言った。
確かご先祖がそういう人にでなきゃ山が病気になると言われたんだと沢。お前らにとっても大事な山なのか悪かったなとイサザは言った。沢は勘違いして魚をよこしたのなら恵んでもらう義理はないから返すとイサザに言ったが魚はなかなか釣れなかった。お前らが言っているヌシって何のことだとたずねると滝壺にいるでっかいナマズだってさとイサザは言った。ヌシは山が決めるとイサザ。ヌシになるやつは生まれた時から体に草が生えている。それなら見た事ある、頭に草が生えた大ナマズと言うとイサザはいいなあと言った。
なら霧に色がついて生き物みたいにうねっているのを見たことがあるかと沢が言うとイサザは当たり前だろここは光脈筋なんだしと言った。この土地には命の元が流れている。そいつが水に混ざって蒸発して霧になるからここらの霧には命がある。だから日によって色や形が違う。霧を見ればその場所の調子もわかると言った。
やっと魚を一匹だけ釣って返すと、いろいろ教えたんだから今度はそっちのことを教えろよなとイサザ。大して特別なこと知らないと沢が言うと普通の話でいい、里の出来事なら俺にとっては面白いと言った。
沢は座敷に顔を出して父のところに集まった人たちの旅の土産話を聞いてイサザに話した。その中には南に山ふたつ行った町で変わった子どもを見たというものもあった。10歳くらいで髪が白くて目が緑、それも片方しかないんだってと言うと俺の進路と同じ方角だから会えるかもとイサザは言った。
梅雨明けが近づいていた。いつ発つんだと聞くと毎朝爺ちゃんが霧を見て決めるからわからないとイサザ。金色の時は山の機嫌が一番いいから出発日和だとかと言った。何だかのんきな話だなと沢。俺はこの先ずっと決まっている。父さんと同じように土地のことで揉めて暮らすんだ、羨ましいよと言った。
イサザたちのところに人が訪ねて来て商売をしているのを沢は見た。あれが俺らの生業なんだと話すイサザ。蟲師に蟲が関わっていそうな噂とか光脈筋の変動なんかの情報を売る。見まわるだけじゃ誰も養ってくれないだろうと言うイサザになら先にそう言えばもっとそれっぽい話を聞いてきてやったのにと沢が言うとそれは困るとイサザは言った。里の普通を知らなきゃ何が異変か俺にはわからない。里の話を聞くのは好きだし。
沢はもういいよ、わかったからついてくるなと言った。これが俺のやり方だから謝らないぞとイサザは言った。朝、暑さで沢が目を覚ますと梅雨が明けていた。外には釣ったばかりの魚が置いてあった。山の霧は金色だった。
そしてその翌年も彼らは同じ時期に現れたが今年は昨年とは面子が違うようだった。白髪に緑色の目の男の子、沢のした話は本当で町をうろついていて行く当てがないというので拾ったんだとイサザは言った。ギンコといって見た目は変わっているけどいいやつだぜとイサザ。でも蟲を寄せる体質だから長くは一緒にいないと思うと言った。光脈筋にずっといたらあいつか光脈に障りが出るから近いうちに蟲師の誰かに引き渡されるだろう。
使用人が慌てて沢を探しにきた。父が急死したのだった。山はすべて沢に譲ると父は遺言を残していたが沢は若すぎるから自分たちに任せてくれと親戚の者たちは言った。山守の人に聞いてイサザが訪ねてきた。親父さん気の毒だったな大丈夫かと言うイサザに沢は山を守れなかった、親類に取り上げられた。そのうち滝は堰き止められて山は荒らされる、ごめんと泣いた。
聞いてくれとイサザ。山がおかしい、ひどく落ち着かない。地面が熱いし変な臭いがする。動物も減って光脈もズレはじめている。俺たちも一緒に移動する。お前らも気をつけろ。もうここへは来ないのかと聞く沢にイサザはわからないと答えた。ここにはいたくないから俺もお前らの一団に入れてくれよと沢。俺も霧の色が見えるしギンコのように連れていってくれよと言った。俺らはひとりも血は繋がっていない、爺ちゃんに聞いてみるから明日の朝、滝に来いとイサザは言った。
翌朝は霧が真っ白だった。やっぱりおかしい、こんなこと今までなかった。沢が滝に行くとギンコがひとりいてイサザは光脈が夜のうちに移動しはじめたのでもう行ったと言い、ごめんとことづてを伝えた。あいつらは光脈に逆らえない。ワタリなんてのは蟲のために里からあぶれた者たちが流れ着くとこだ。お前もそうならいずれまた会える。俺はまたあぶれたけど、それとお前らもここから逃げたほうがいいってさ言うとギンコは蟲師と一緒に去って行った。
その日を境に山の霧が色づくことはなくなった。そして半年後、山は火を噴き行くあてがある者は里を見限り出て行った。山は焼け滝は枯れたが滝壺は沼となり残った。沢はある時そこで巨大なナマズの影を見たがその頭には以前あった草の冠は見えなかった。
それから十数年、灰をかき木を植え少しずつ山は再生したが以前ほどの豊かさはなく生まれてくる子供の中には体の弱い者が少なくなかった。イサザたちなら何か知っていただろうにと沢は思った。おそらく光脈に関わっているだろうがどうすれば助けられるのか、どうやって探せばいいのかもわからない。今も山で草を踏む音がするとハッとする。彼らが戻って来たのではないかと。
ある日、子どもたちの病を治せるという人が里に来たと聞いた。沢が行ってみるとギンコだった。ここは以前は光脈筋だったが捨て置かれた。多くの蟲も居を移したが人の近くにいるやつばかり残った。あの子らが弱いのはそのためかと沢が言うとやけに詳しいなとギンコは言った。
蟲よけと滋養の薬がしばらく必要だろうと言うギンコに覚えていないようだが俺はあんたに会ったことがあると沢。何だったかと言うギンコにイサザのことは覚えているかと聞いた。あいつなら今も馴染みだぜとギンコ。ここのこともあいつに聞いて来た。そろそろ薬が必要な時期だろうって。
今も変わらずやってるよ。ギンコの言葉に沢は言った。そうか、ならいい、これでいい。
山を歩くギンコは沼に影を見た。大ナマズにこの沼の形、前にここに来たことあるな。ああ、あいつかとギンコは沢のことを思い出した。あいつも山も随分様変わりしたもんだな、なあ、元ヌシ殿よ。
この世は人知れぬ生命に溢れている。 第1期 完
★原作では第4巻にあります。