およそ遠しとされしもの。
下等で奇怪、見慣れた動植物とはまるで違うとおぼしきモノ達。
それら異形の一群をヒトは古くから畏れを含み、
いつしか総じて『蟲』と呼んだ。
(2006年に放送されたものです)
★2014年4月~12月「蟲師 続章」→ 蟲師 続章 あらすじまとめ
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蟲師 第23話 錆の鳴く聲

寒空に聞き慣れぬ物悲しい音が響いたような気がした。声の方にギンコが行ってみると木には錆のようなものが付いていた。洞の中から娘が出て来て走り去った。町は錆だらけだった。話を聞くとこの町の病は14年も前からだという。
皆、見た目は変わりないが皮膚のあちこちが恐ろしくかたくなり手足を自由に動かせなくなる。ひどい者は起き上がることもできない (町も人も錆だらけにギンコには見えたが人々には見えていないらしい。蟲か) 最もひどいのは西のはずれの夫婦で娘が病の原因だと言われていた。娘のしげが生まれて以来、周りの者が次々と病になった。14年間、手をつくしたが原因はつかめず娘は口を閉ざし皆は疑念ばかり抱いていた。
しげは食糧をもらいに来たが袋には穴があいていてこぼれた。テツが自分の手拭いを使えと差し出した。あんな噂は嘘だろうとテツ。たとえ本当でも家族や友だちを望んで病にしたわけではないだろう。他の村から来たテツは自分の村も2年前の嵐で家族も友だちも半分になってしまい親父の代わりにここで稼ごうと決めたんだと話す。お前もこうするしかないと決めたんだろう。よくやってると思うとテツは言った。
ギンコはテツにあの娘のことを聞きたいと言ったが、一言もしゃべってくれないし知らないよとテツは答えた。錆を調べたギンコはなるほどなと思った。両親が寝たきりのしげの家をたずねる。ギンコを見て家に隠れたしげにお前にはこの錆が見えているんだろうとギンコは言った。
病を治しに呼ばれただけでお前を吊し上げはしない。この病は治せるから話を聞かせてくれとギンコ。部屋を閉め切り蟲除けを焚いた。この中でなら声を出しても大丈夫だと言うとしげが話し出した。あなたにも錆が見えるの? この声は恐ろしい声だから潰してしまおうと思ってあの洞でこんな声になるまで叫んできた。それは小柄な体に似つかわしくない太くかすれた、けれど甘く渋みのある残響を持つ不可思議な響きの声だった。でも声が変わってもやっぱり私の声で錆が湧くんだとしげは言った。
小さい頃から声を出すと周りの人や物に錆が湧くのは当たり前のことで特に疑問も持たず好きだった歌を皆に聞かせたりしていた。けれど皆にそれは見えておらず良くないことだと気づいたのは皆が体の不自由を感じ始めた4歳になる頃だった。両親に話すと決して誰にも言ってはいけないと言われた。言えばここにいられなくなる。父はもう働くことができず暮らしていけるのはお屋敷の旦那様のおかげだった。生きよう、今はここで皆を欺いて情けにすがって。いつかお返しできる日が来るまで声を出しちゃいけないよと父は言った。
それ以来だれとも口をきかずにきた。人と話すのは10年ぶりだとしげ。皆に憎まれるのは当然だ。3人で生き延びるほうを選んだのだから。聞けば聞くほど奇異なる声だった。およそ人には出すことのできない層の音が混じっている。ギンコは錆を取り出し、これは錆ではなくヤサビという名の蟲で生きていると言った。
蟲は見える者と見えない者がある在り方の異なる生命。ヤサビは普通は生き物の死骸に付いて分解する害のないものだが、その時ある音を出す。しげの声はそれを何百倍にも大きくしたようなもの。そのためにエサがあると判断した山中のヤサビが集まって来るが喰うものがないので生きているものにまで付いたのだろう。となれば散らせばいい。その上でお前の声を取り戻す方法もあるはずとギンコは言った。
ヤサビは何にでも付いていたが町に来て2年だというテツにはひとつも付いていなかった。遠くに海が見えていた。海側からの風を受けたギンコは気づいた。しげは皆の病が治って声が出せるようになったらテツに自分の声でお礼が言えると考えていた。
ギンコは蟲をはらうのに声を利用するとしげに話した。ただその後、安全に過ごすためにはこの町を出なくてはならない。病が治せるなら何でもやるとしげ。ただひとつだけ頼みがあると言い字を教えてほしいと言った。しげはテツに借りた手拭いと一緒に手紙を渡した。
話すとお前も病になる、今までごめん、ありがとう。しげの手紙を見られてしまったテツは旦那様に報告するという女中を突き飛ばし手紙を竈に投げた。お世話になりましたと言うと屋敷を後にした。今はここを出て峠で待っていてくれ皆を説得してからそこで蟲のはらい方を教えるとギンコ。しげとテツは峠へ向かう。
しげを出せと皆が押しかけて来たがギンコはしげを追放しても病は治らないししげのせいじゃないと言った。しげはただ普通の子と同じように話し笑い歌っていただけ。その声に病の原因となるモノを寄せる要素があっただけ。詫びなら10年間ずっとしてきたはず。言い逃れをすれば皆の疑念をあおることもなかったろうに、罪ならちゃんと背負ってきた。むろん償いはしてもらう。病を呼んだのがしげの声ならはらえるのもしげの声。それで帳尻合わせになりませんかとギンコは話した。この病に関わった者はみな同じに苦しんだんです。
峠へ向かうしげとテツ。町を出てもあてがないなら俺の村に来るかとテツ。家も舟もほとんど流されてしまった漁村だけど皆で少しずつ立て直しているから何とかなる、そうしろよと言った。しげが足を滑らせた。助けようとテツが手を伸ばす。
峠に到着したギンコだがふたりの姿はなかった。しげを助けようとしてふたりは転落、テツは頭をケガして気を失っていた。ふたりを探すギンコ。あの声が山々にこだました。町の人や物からヤサビが離れ出した。ギンコがふたりを見つけた。ヤサビが集まっていた。助けを呼ぼうと声を出したがテツまで病にしてしまったとしげは泣いた。
テツは病にはならないから安心しろとギンコ。ギンコがテツを背負い3人は家に戻った。足が動くようになった父がしげを迎えた。蟲のはらい方を教えていなかったが、しげはしてもらおうと思っていたことと近いことをしたのだった。町を囲む山々に声を響かせ町に集まったヤサビを山に散らそうとギンコは考えていた。
それを行う場所は海を背にしたあの峠でなくてはならなかった。ヤサビは塩気を嫌う。潮風が吹き込む場所に付いていたのは普通の錆だった。テツが病にならなかったのは漁村育ちでここへ来てからも度々潮風に当たっていたからだろう。お前も海にそばでなら普通に暮らせるとギンコはしげに言った。
だが散らせた蟲はまだ一部だからこの先何年も繰り返さないとすべてははらえず声が潰れるほうが先かもしれない。そんなのは全然かまわないよとしげ。微かにだけど錆があまりなかった町のことを覚えている。あの頃この町がとても好きだったから少しでも元の姿に戻せるのならとしげは言った。
浜辺を歩くしげとテツ。峠に行くというしげに俺も行くよとテツは言いふたりで峠へ向かう。
その後、娘が町を去ってから病は徐々に消えていったという。けれど今も町の者は潰れ果てたが奇妙に美しい聞き覚えのある歌声が山々にこだましているのを微かに聞くことがあるのだという。
★原作では第3巻にあります。