およそ遠しとされしもの。
下等で奇怪、見慣れた動植物とはまるで違うとおぼしきモノ達。
それら異形の一群をヒトは古くから畏れを含み、
いつしか総じて『蟲』と呼んだ。



(2006年に放送されたものです)

★2014年4月~12月「蟲師 続章」→ 蟲師 続章 あらすじまとめ

★前のお話は→ 蟲師 あらすじまとめ

蟲師 第20話 筆の海



狩房家別邸をたずねるギンコ。淡幽はさっきまで執筆をしていたので休んでいると狩房家付き蟲師の薬袋たまは言った。地下の書庫に行く。もしものことがあってはいけないからと、たまはギンコの蟲タバコを預かる。ここの書物がただの蟲封じ指南書ではないことを忘れてはおらんだろうなとたまは言った。わかってるよとギンコは答えた。そうこれらの書物は紛れもなく秘書である。内容はもちろんのこと、その存在理由において主に。ギンコは淡幽の代からの書を読む。

    蟲師20-11

狩房家に足に墨色の痣を持つ女の子が生まれた。間違いなく四代目の筆記者ですとたま。娘は淡幽と名付けられた。たまは淡幽に筆記者になるための勉強を教えるが淡幽は私もみんなと同じように外で遊びたいと言った。それにどうしてこの足は動かないの。たまはすべてをお話ししますと言った。

右足の痣は蟲を封じた跡。たまの先祖の薬袋の蟲師が淡幽の先祖の体に禁種の蟲を封じた。本来、動植物と蟲は同調しているものだが、その昔の大天災の折に動植物も蟲も衰え行く中、異質な蟲が現れ他のすべての生命を消さんとした。姿も形も体内に封じた方法も記録は一切見つかっていない。

薬袋家に伝わっているのは身重でありながら蟲を封じた狩房家の先祖の体は全身が墨の色となった。蟲は体内で生き続けたがその先祖は出産後に亡くなったということ。それから狩房家には何代かにひとり体の一部に墨色の痣を持つ子が生まれた。

この足に蟲がまだ生きていて私も死んでしまうのかと淡幽。そうさせないために私がおりますとたまは言った。蟲を眠らす力もお備えになっているはず。読み書きが達者になったら別邸へ行って禁種の蟲を地下に眠らせるのですとたま。そうすれば体の痣は消え歩けるようにもなるでしょう。これまで三人のご先祖様がそうして少しずつ眠らせてきたのですよと言った。

そして淡幽はたまと共に別邸に移り住んだ。その後たまから聞かされた蟲の眠らせ方は意外な方法だった。たまはこれからする話を後で紙に写し取ってくださいと言った。たまの話はすべて蟲師をしていた頃に蟲を屠った体験談で夢物語のような実話ばかりだった。遠い土地、見知らぬ人々の物語は淡幽の心を引き付けた。

けれどそれを紙に記す時、足の痣には激痛が走った。お辛いでしょうが堪えてくださいとたま。たまも私のために蟲師にならねばならん宿命を負わされたのだなと淡幽。辛い事があったり恨んだりもしたろうと言うと、そのようなことはお嬢さんに会えたことですっかり消えた。今は感謝していますとたまは言った。

やがて時が過ぎ、たまの話も尽きて他の蟲師を招くようになって、たまがいかに淡幽の痛みを紛らわそうと苦心していたかわかった。蟲退治の話をする蟲師たち。今まで聞いてきたものは所詮、殺生の話だったのか。淡幽の足の痛みは心の痛みも伴うものとなっていった。

微小で下等なる生命への奢り、異形のモノたちへの理由なき畏れが招く殺生、そういうものが感じとれた。殺さずとも済むのではないかと蟲師に言うと、失礼ながらそれは実際に蟲と対峙した者にしか言えぬことと言われた。その通りだが淡幽にはどうしようもないことだった。この足さえ動けば私だって。

そんなある日、不自由な足で外に出た淡幽はギンコと出会った。蟲の話集めに協力すれば狩房文庫を閲覧できると聞いてやってきたのだった。蟲を殺す話はもうたくさんだから悪いが帰ってくれと淡幽。じゃあ、殺さない話、そっちのほうが多いとギンコ。いや、それでは役に立たないと淡幽は言いかけたがギンコは話し始めた。まずはホクロを喰う蟲の話......淡幽はギンコに話してくれと言った。

たまはお前のような蟲師は雇いたがらないだろうから特別なと言って淡幽はギンコを書庫に案内した。文字列の中に蟲が眠っているから扱いには気をつけてくれと淡幽。書を見たギンコはこれは蟲師には宝だなと言った。だがこれらはすべて死の目録だと淡幽。私は生物と蟲が共に生きている話をもっと聞きたい。たまには何とか話を通すからまた話をしに来てくれるかとギンコに言った。喜んでとギンコは答えた。

    蟲師20-12

目を覚ました淡幽のところにたまが来て、ギンコが来ていると告げる。淡幽はすぐ呼んでくれと言った。書庫でギンコはシミの卵のようなものを見つける。と、文字列が崩れ出した。呼びに来たたまにシミが紙を喰いはじめていると告げる。文字が紙から出て動き出した。たまは淡幽を呼ぶ。

封の一部が解けて淡幽の部屋に向かう。部屋に溢れる文字列にえらいことになったなとギンコ。淡幽はこの部屋からは出られぬと落ち着いて答えると、ちゃんと生きておったのだなと言った。数百年も眠っていたとは思えないなとギンコが言うと、いや、お前のことだよと淡幽。こいつらを元に戻せるのかと聞くと、私にだって出来る蟲封じはあるのだぞと淡幽は言った。

文字列の動きが止まった。部屋の壁と天井には特別なのりが塗ってあった。淡幽は文字列をつまむと新しい紙に貼りはじめた。内容を全部覚えているのかとギンコが聞くと、シミがいようといまいと、いずれ紙は劣化するものだから少しずつ写しをしなくてはならない。だが普通に写しては封じにならない。これが家に伝わる写しのやり方だと淡幽は言った。

あのシミはお嬢さんの愛玩物なのだよとたま。あれは愛嬌があってよいと淡幽は笑った。増え過ぎなんじゃないかと言うと、私がこうしてきっちり写しをすればよいことだと淡幽。決して下手をしたりはしない。それが私の務めなのだから。

文字の海に溺れるように生きている娘がひとりいる。ギンコの話を楽しそうに笑いながら聞く淡幽。終わるまでいてくれと言うと写しを始めた。淡幽の体から文字列が動き出す。痛みに耐えながらそれを紙に写し取っていく。蟲に体を侵食されながら蟲を愛でつつ蟲を封じる。そういう娘がひとりいる。

仕事を終えた淡幽はギンコに休まなくていいから外がみたいから連れて行ってくれるかと言った。淡幽を背負って外を歩く。この足はいったいいつになれば動かせるようになるんだろうなという淡幽に焦るなよとギンコは言った。少しずつでも痣は減ってきているんだろう。

ほんの少しずつだ。死ぬまでに消せなければいずれ子孫が引き継ぐことになる。今までずっとそうだったように。私の代でも叶わないのかもしれない。足が治ったらどうするんだとギンコ。お前と旅がしたいなと淡幽は言った。話に聞いた蟲を見たい、なんて良くてもその頃、私は老婆だがなと笑った。

冗談だと言う淡幽にギンコは言った。いいぜ、それまでもし俺が生き延びられていたらだがな。生きているんだよ、何とかなるさと淡幽は笑った。

★原作では第2巻にあります