セブ旅行記 2014 (8)
☆マゼランは世界一周の途中フィリピンで亡くなった
☆セブ島2日目。セブ市内観光の続きです。高級住宅地ビバリーヒルズに建つ道教寺院からセブの市街地へ。まずは「マゼランクロス」 セブの有名な観光地で人も多いです。

☆アップして気づきました。外の写真を撮っていなかったです。すみません。真ん中にあるのがマゼランクロス。八角堂の中にあって天井には絵が描かれています。入場無料で誰でも入れます。

☆1521年。セブ島に上陸したマゼランはセブ王(首長)に熱心に布教を行い、王と王女、臣下の者400人が洗礼を受け、フィリピン最初のキリスト教徒となる。その地に建てられたのがこのマゼランクロスです。
★マゼランがフィリピンで最初に上陸したのはセブ島ではないですが、艦隊の補給に便利な港ということでセブを紹介されてやって来たようです。セブはそれ以前から東南アジアの国々と交流があったようで、マゼランの布教は奴隷のマレー人が通訳をしていたとか。

☆木枠に囲まれた黒っぽい十字架ですが、上の絵にあるように、実物はこれではなくて、これはカバーみたいなもの。もともとは外にあった十字架ですが、万病に効くといって削って持ち帰る人が多くて、このままでは壊れてしまうということで、1984年に八角堂が作られ外枠もできたそうです。

☆願い事は外で蝋燭を買ってここに灯して、直接十字架には届かないので、右下の人たちのように台座などに手を置いてお祈りします。

☆八角堂はあちこち壊れていて、寄りかかったりしないようにテープが貼られたりしていました。崩れないかちょっと心配。ここの周りは人がとても多くて、物売りや物乞いの子もかなりいます。アクセサリーなんかを売っています。
★買うなとは言えないですが、安くはないです。相手にすると車までついてきたりするので気をつけたほうがいいですね。断るときは、はっきりと、静かに断りましょう。大声で拒否したりしないように。またセブはマニラに比べて治安がいいとか聞きますけど、スリとかちょっとした犯罪は多いです。日本ではないことを認識しましょう。荷物は体の前に抱えて、ズボンの後ろポケットに札入れなど間違っても入れないように。
【マゼラン終焉の地・マクタン島】
では、最後はマゼランのお話をザックリと。どこまでが本当かは実際にはわからないので、伝説レベルの話としてお聞きくださいませ。
セブに上陸して多くのキリスト教徒獲得に成功したマゼランですが、セブ王がこのあたりで一番有力と見て熱心に布教したようです。しかしながら通訳を介しての布教活動でどれだけ伝わったかと考えると、セブ王のほうも何か思惑があったのかもしれません。
それに気をよくしたのか、マゼランは次の目的地へ向かわず布教活動を続けます。周りの島にも王(首長)がいましたが、改宗してセブ王に服従するようにと言い出します。マゼランはセブに着いた時も大砲を一発撃って驚かせたらしいですが、ここでも武力をちらつかせ始めたようです。
セブ島の向かいのマクタン島、今はセブ島と橋で結ばれて空港がありビーチリゾートがある、私も滞在しているところですが、マゼランは町を焼くなどしたため島民は反発しました。他の王がマゼランに従う中、マクタン島の王のひとり、ラプラプは従わないので応援に来てくれと他の王に言われてマゼランは、1521年4月27日、兵を率いてマクタン島に上陸します。
船の上から攻撃すればよかったのではないかと単純に思うのですが、もともとの計算か神の意思かわかりませんが、マゼランが到着したときは、ちょうど干潮時でした。マクタン島の周りは遠浅な海。マゼランは大砲などの攻撃を諦め武器を持って50人ほどで上陸します。ところが、ラプラプ王はマゼランの動きを察知していて、1500人もの兵で待ち構えていたのでした。
少ない兵でも勝機はあるとマゼランは考えていたようです。実際、ラプラプの兵は竹槍しか持っておらず、マゼラン軍が着けている甲冑に刺さりもしなかったからです。しかし、ラプラプは自分の兵に告げました。敵の甲冑を着けていない足だけを狙い撃ちするようにと。そしてマゼランも命を落とします。
ふたりが直接、一対一で戦ったという記録はないようですが、ラプラプは英雄として称えられています。マゼランを失った艦隊は、1522年に世界一周を成し遂げます。1519年の出航から3年、出発時の270人のうち世界一周を達成できたのは、わずか18人だったそうです。
★次はマゼランクロスの八角堂の北側にある教会です。