1枚の木の葉が落ちた瞬間、
優子は駆け出した。
「ウラアッッ!!」
優子は右足を上げ、篠田の腹部をめがけ飛んだ。
その速さは申し分ない。
ドンッ!
鈍い音が神社に響き渡る。篠田はニヤリと口を上げた。
「くっ…」
優子の前蹴りは篠田には届いていなかった。直前でブロックが入っている。
優子の反撃を待たぬまま、篠田は優子の足を掴み、投げる。
転がる。しかしすぐに立ち上がった。篠田も後追いはしない。
優子は制服についた砂ぼこりを払った。
あまりダメージはなさそうだ。
「ふぅ~あれガードするか~。やっぱつえーよ、おめぇ。」
優子は余裕の笑みを見せる。
「本気出せよ…大島」
優子の目を見た。
「ちぇっ、やっぱバレてたか。じゃ、お言葉に甘えて…」
優子は髪をかきあげる。その瞬間先ほどまでの目付きと変わり、鋭くそして殺気に満ちている。
『なるほど…これが大島優子…面白い…』
篠田も構える。隙はない。
そしてゆっくり、互いに円を描くように歩く。
瞬間、優子が動き出した。それに合わせ篠田も動く。
優子は顔面めがけ拳を繰り出す。普通の人から見れば相当の速さであったが、身長差ゆえ少しスピードが落ちた。篠田は見逃さない。
片手で優子の拳をギリギリで止める。大きな破裂音。
篠田は優子の腹部めがけ蹴りを出す。
優子はすぐさま掴まれていた手をほどき両腕でガードに回った。
ドンッっっ!!
その蹴りは優子の予想遥かに超え重かった。
両腕でガードしたにも関わらず数メートルよろめいた。
短く息を漏らす優子。
「痛って~…まだ痺れてやがる。」
腕を振る。
そう言い再び構えた。
優子自身調子は悪くなかった。むしろ強い者を目の前にして、いつにも増して動きがよかった。
優子はそういうタイプの人間だった。
篠田は相当強い。優子は篠田のたった二回の攻撃でそれを悟った。
追撃。
何も言わず篠田が勢いよく詰め寄った。
再び腹部めがけ蹴りを繰り出した。優子は再びガードに回る。
「同じ手はくわねーよ!」
次の瞬間、優子に届く寸前で蹴りを止めた。
コンマ何秒で篠田は優子のガードを見切った。
素早く逆の足で蹴りを出す。
「なっっ…!」
優子もガードが間に合わない。
蹴りがヒットする。
吹き飛ぶ優子。しかし踏ん張った。砂ぼこりが舞う。
優子は肩をおさえる。
『こいつ・・・あの一瞬で態勢を低くして、致命傷を避けた・・・?』
「あっぶね~。」
「どうやら命拾いしたようだな。」
篠田が口を開く。
「あれ喰らったらあばら2,3本どころじゃないからな。それに・・・おめえ、さっきから私の腹しか狙ってねえな・・・?」
「フッ・・・気づくのが早いな。ボディでジワジワと痛ぶるのが好きなだけさ。」
篠田が微笑む。
「おめえ・・・そんなキレーな顔して、むごいんだな。」
「何が悪い?」
「別に。でも・・・その余裕すぐに無くしてやんだよ!!」
優子が駆ける。
拳を出す。しかし弾かれる。反対の手でもう一度反撃。
篠田は頭を下げた。優子の攻撃をうまくいなしていく。優子が遅いわけじゃない。篠田のその圧倒的な格闘センスが優子に襲い掛かる。
「喧嘩じゃ負けねえッ!」
優子が叫ぶ。
態勢を低くした篠田の腹部に膝を入れる。
「かはっ・・・」
ようやく一発が入る。しかし篠田がすぐに動いた。優子の腕をつかんだ。背負い投げ。篠田と優子の体格差からすればそれは容易だった。
背中を強打する。しかし目は篠田をしっかりと見ていた。
篠田が倒れている優子の腹部に蹴りを出した。
『くそ、立ってちゃ間に合んねえ・・・』
篠田の蹴りは惜しくも届かない。優子は転がりながら避けた。しかしさらなる蹴りの追撃が来る。次々に蹴りを転がり避けていく優子を見て、篠田は楽しんでいる。優子の制服は砂だらけだ。
篠田の蹴りの応酬が少し止まった。刹那、優子の体はブレイクダンスのように回転する。そして足を掛けた。篠田が倒れる。優子はすかさず首を絞めた。
「うらあ、油断禁物!」
「くっ・・・」
暴れる篠田を優子はしっかりと押さえていた。
篠田の首が徐々に絞まっていく。
しかし篠田の右腕が動いた。
「アアッ!!」
優子の脇腹に肘が入った。絞めていた腕が一瞬緩む。
その隙に篠田が腕をほどいた。そして体を転がし立ち上がった。優子も脇腹を押さえながらも、立ち上がる。
しかし篠田はすぐそこまで迫っていた。優子の”顔”目掛け拳を出した。
「そんな大振りじゃあたんねーよっ!」
優子が躱す。篠田の拳が宙を舞う。しかし拳を止めない。
『?』
そのまま突き出した拳の勢いを利用し、篠田が前宙した。
そして踵落とし。”あびせ蹴り”
全体重がかかっている。
篠田の体格からは想像できない攻撃だ。
優子の首にのしかかる。
「ウラアッ!」
視界が揺れる。地面に叩きつけられる優子。大きな音がした。
互いに倒れ胸で呼吸している。
しかし優子が先に立った。首を押さえる。
篠田も後に続き立つ。静かに呼吸を整える。
「はあ・・・なんて攻撃だ。今のは腕間に合わなかったら死んでたな。はは。はあ・・・」
優子はギリギリ腕一本のガードが間に合った。
「はあ・・・よく防いだな・・・」
「まあよ。それに腹だけ攻撃する余裕も無くなったんじゃね?」
「遊びは終わりさ・・・」
「楽しくなってきやがった。」
優子が笑う。前に降りてきた髪をかきあげる。
そして互いに声を上げ走り出した。
同時に拳を出した。リーチからすれば篠田優勢だったが、優子の拳が先に届く。
篠田の口が切れた。目が光る。次の瞬間、篠田の右足の上段蹴りが飛んできた。しかし優子のガード。重かったが優子は踏ん張った。しかし篠田は足を下ろさず、中段蹴りへと攻撃をすぐさま移す。流れるような攻撃。
だがこれも優子に防がれる。見切られていた。一瞬止まった篠田だが、地面に手を付き右足を後ろへしゃがみながら回転する。篠田のかかとが優子の足に飛んでくる。
しかし篠田の足払いは空を切った。顔を上げるとそこには飛んでいる優子の姿。
「オラアッ!」
飛んだ状態からの優子の蹴りが篠田の側頭に撃たれる。
倒れた。篠田の息が荒くなる。
「はあ、もらった!」
優子が篠田にのしかかる。マウントポジションを取った。
「覚悟しろよ~」
優子の連打が始まった。篠田も顔の前でガードを張るが徐々に開き始めた。
完全にガードが解かれ、次々と優子の拳が入る。篠田はやられている中でも見た。優子の笑っている表情を。
『こいつ・・・ッ』
篠田は優子の背中に膝を入れた。今ある力を振り絞り。
優子のマウントが外れる。篠田はすぐさま立ち上がり片手で優子の胸倉を掴む。
そして自らの目の前まで優子の顔を上げる。優子は足がついていなかった。
もう一方の手で優子の顔に拳を放つ。優子はもがくがどうしようもできない。
互いに満身創痍だった。篠田の拳が止まった。そして優子を投げる。
「ハア・・・ハア・・・」
篠田は限界が近づいてきていた。
先程の優子の連打がかなり効いていた。膝が折れそうだ。立っているだけで精一杯である。
優子はゆっくり手を付き立ち上がった。前髪をかきあげる。
「ハア・・・ハア・・・たのしー。はは。」
優子も胸で大きく何度も息をする。優子自身も体力がほとんど残っていない事は分かっていた。
そして再び口を開く。
「ハア・・・初めてだ、私とここまで喧嘩できる奴はよお。やっぱ・・・ハア・・・おめえつえーよ・・・
あ~もう防御すんのめんどくせえや・・・こっからは純粋な殴り合いだ・・・先にぶっ倒れたほうが負けだ・・・ハア・・・」
「望むところだ・・・小細工は・・・ナシだ・・・ハア・・・」
「ハァ…やっぱり・・・おめえもヤンキーだな・・・」
「うるさい・・・」
互いに呼吸を整える。大きく息を吸った。
刹那、鋭く互いを睨んだ。
互いに終わりを感じ始めていた。
二人は走り出した。
叫ぶ。
同時に拳を繰り出した。先程とは違って、リーチの差から篠田の拳が先に届いた。優子の顔が揺れる。
篠田も攻撃をやめなかった。更なる追撃。優子もとっさに反撃に出た。篠田の速い拳をかいくぐる。
篠田の顔が揺れた。口の中に鉄の味が広がる。篠田は視界がぼんやりとしてきた。優子の攻撃は続く。腹部に膝が入る。体が上に上がった瞬間、背中に肘打ちがはいる。
「ガハッッ……」
「ははは!あーたのしー!はぁ…」
優子は笑う。篠田も優子の限界を感じていた。それでも優子は笑い続けた。
篠田は何とか拳を出す。しかし優子にはあたらなかった。ここへきて少しの実力差があらわになってきた。
篠田は何度も拳を繰り出す。しかし当たらない。当たったとしてもかする程度だった。
優子には時間がゆっくり流れているように思えた。篠田の拳もまた。優子が強い者と拳を合わせると、ごくたまにに起きる現象。有り余る集中力。そして楽しさが楽しさを超えた証拠である。極地に至った優子はもう止めることはできなかった。
篠田は意識が朦朧とするなか、最後の力を振り絞り、優子へと向かった。しかし今の体力ではどうすることもできなかった。優子が篠田を弾き返す。そして篠田の顔面目掛け思い切り拳を出す。
その時、薄れる視界の中篠田は優子の拳が見えた。
「アアッッ!!」
『…かわせる…』
しかし体は考えについてきてくれなかった。篠田の頭は少ししか動かなかった。完全にかわすことはできなかった。優子の拳が篠田の瞼をかすめる。優子の鋭く尖った拳が篠田の瞼を切った。血が滲み出る。
篠田には反撃する力がなかった。最後に優子の右が篠田の顎を揺らす。
篠田は大きく倒れた。
優子は笑う。更に追撃しようと、倒れている篠田の胸ぐらをつかもうとした。しかしやっと冷静になり始めた優子はその手を離しす。その表情から篠田がもう攻撃できないことを悟った。
篠田は諦めきれず体を起こそうとした。しかし体が言うことをきかない。
体が再び地面についた。
篠田の中の気持ちの糸が完全にきれた。
「ハァ…敗けだ…」
篠田が呟く。
優子は髪をかきあげる。
そして口を開いた。
「ハァ…おめぇSだろ…?こんな喧嘩のしかたするやつ…初めてだよ…」
優子が篠田に近づく。
篠田の顔に手をつきだす。
反射的に篠田は目をつむってしまう。しかしその手は直前で止まっていた。ゆっくりと目を開けると、その手は優しく開かれていた。
「今日からおめぇは……サドだ…」
優子が微笑む。その微笑みに篠田もどこかなごむ。
篠田は差しのべられた手を掴む。その手は柔らかくそして暖かかった。
優子は勢いよく篠田を起こす。
『こいつには…まだこんな力が残ってたんだな…完敗だな…』
篠田を起こすと優子は周りで倒れているローズたちを一瞥する。
「おい!おめぇら、もうこいつに関わんじゃねえ!今日からこいつは、私の…
“仲間”だ!」
篠田はあきれたような顔をする。しかし優子の目は本気であった。そして篠田に向かって笑う。
「分かったんならさっさと散るんだな。私が暴れださない内に…」
優子は最後の言葉を強め、鬼の形相に変わる。それを見たローズたちは互いに肩を貸しあいながら逃げていった。神社には優子と篠田の二人になった。夕陽も少しずつ落ちてきている。
「イテテテ…おめぇの蹴りいてぇんだよ。ほんとサドだわ…」
腕を押さえながら、優子は微笑む。
「変なあだ名つけんな。って聞けよ。」
優子はもう走り出していた。そして神社の賽銭箱の前にたつ。
「サド~早くこっちこいよ~!」
優子が大きく手招きをする。
「だからその呼び方はやめろって…」
篠田はそう言いながらも少しだけ笑った。
こんな自分に何も考えずに接してくれる存在、自分よりも強く、そしてそれをなんとも思っていない存在に出会えたことに、篠田はどこか感じたことのない気持ちが沸いていた。
「はやくーこいよー」
篠田は足を引きずりながら、ゆっくりと近づいていった。
そして優子と二人賽銭箱の前に立つ。
「よし、サドお前これ投げろ。」
優子が小銭を差し出す。
「何で25円なんだよ…」
「そりゃあ゛二重にご縁がありますように”って意味だよ!」
「フッ、なんだよそれ。」
「いいから早く投げろよ!」
そう言われ篠田は賽銭箱に小銭を投げ入れた。小銭と木箱のぶつかり合う独特の音が響き渡った。
優子は手を合わせた。
横目で見ていた篠田もそっと手を合わせた。
痣や傷の痛みもなぜかこのときは忘れていた…
これが後に語り継がれることとなる優子と篠田の出会い。
そして”サド“の誕生であった…