カンボジアの首都プノンペン
密告制度もあって、密告しないと、自分が殺されるっていうこと友達も家族も密告しあったらしい。

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素敵な出会いと不思議な経験をしたきがする
とりあえずひととおり観光してみました
ゆっくり過ごそって思ってたのに、
例のトゥクトゥクの兄ちゃん、宿の前で待ってる!!!!!!笑
※例のトゥクトゥクの兄ちゃんとは・・・
ホーチミンからのバス降りたときに
ヘロートゥク?
って声をかけてきたお兄ちゃんで、
宿までの値段交渉するときに、明日トゥクトゥクで観光するから!的なことを匂わせてしまった人。
流石だわ〜やられた〜
素通りしようとしたけど
"Hey, I know you!"
・・・見つかった
で、その気になればこっちも観光満喫してやろうじゃないかって気になってきて
いくらでどことどこへいくか値段交渉をまた30分。
まずは
国立博物館(National Museum)
国宝級のものがあるみたい、ほんとに申し訳ないっていうか誰に申し訳ないんかしらんけど、
ほんとにこういう展示物、苦手だー
なんとも興味がない。
なんて惜しいことを。って思う時代が来るんやろか
その次は
キリングフィールド(Killing Field)
すごく綺麗にしてあるところやから、ここで約45年前に虐殺が行われていたとは考えにくかった。
キリングフィールドとはカンボジア国内に300以上あるとされているクメールルージュ(ポルポトさんが政権を握るカンボジア共産党)による虐殺の行われた場所のこと。
私が訪れたのはそのうちの1つ、最も有名であろうチュンエク大虐殺センターです。
1970年代後半の「100万とも200万とも言われる自国民大虐殺」
虐殺だけではないけれども、干ばつや飢餓なども含めて、この数字が出されているみたい。
カンボジアの街、おじいさんおばあさんがいない。子どもめっちゃいるけど、お年寄りは、数えれるくらいしか見ていない。それは、いつもニコって微笑み返してくれるカンボジアの悲しい過去を覗かせていると思う。
ここで、どんな風にして殺されたかを、日本語の音声ガイドを聞きながら見ていくんやけど、トゥクトゥクのお兄さんに外で待ってもらっていたから、情報豊富な音声ガイドは追いつかず・・・。はじめにトゥクトゥクのお兄さんに待ち時間を2時間で交渉するべきやったなって
「原始共産主義」(格差のない社会かな?)をつくるために、パリへ留学、中国の毛沢東にも影響を受けたらしい歴史の授業に出てくるポルポト。
私も原始的な生活っていいなって憧れてしまう。自給自足はしたほうがいいと思うし、国内の農業レベルもあげるべきだと思う。
でもそのポルポト率いるクメールルージュは、プノンペンを陥没させたあと、格差のない国を目指し・・・国民に作物の生産に従事させ・・・お医者さん、先生、技術者などの知識人を・・・処刑したそう。
文字が読める人、手が綺麗な人、眼鏡している人なんていうのも殺されたらしい。
トゥクトゥクのお兄さんとかの口から発せられるユーウァナゴー、キリングフィールド?プリズン?
っていう商売の声を聞いて、
この人たちはここに入ったことはあるんかな?とかやっと教育制度が整ってきたようなこの国の人は、どれくらいクメールルージュの話を知っているんだろう?とか
それにしても、50歳の人は、その時代に生きていたわけだから知ってるはずやし
どちらかというとことの悲惨さよりも、このオープンな負の遺産の見せ方とスマイリーなカンボジア人に、考えさせられたかな。
お前はクメールルージュ側の息子だからな
とかってイジメられるんやろか・・・
この建物を建てるにあたって整備した人たちは、過酷やったはず。
キリングツリーと呼ばれる木がありました。
その木に、幼児が頭を叩きつけられて殺されたらしい。
たくさんの地面の穴を見ました。
そこにたくさんの死体が放り込まれていたみたい。
殺された人が着用していた服がありました。
カラフルだったから、時代の新しさを感じさせました。
マジックツリーという木がありました。
この木から大音量の革命歌を流すことで、殺される人の叫び声はかき消されたそう。
化学薬品の倉庫跡がありました。
DDT(薬品)を食べて死ぬことで、死体から出る悪臭を消していたそう。
武器保管庫跡もありました。
お金のなかったクメールルージュは、農耕具などでも人を殺したらしい。
オーディオツアーには、番兵をしていた人、レイプされた女性などの生存者の証言も聞くことができます。
まだ、裁判は行われていて、滞在中も本当に同胞の手で行われたのかについてカンボジア人と話したてました。本当に同じ人種によって殺されたのか、本当にポルポトが悪魔だったのか、わからないことはたくさん。
歴史をジャッジするのはいつも内ではなく外で、
それでも今も多額のお金をかけて裁判が行われていることに、どれだけ過去のことに向き合うべきなんだろうと、難しさを感じました。
バス遠足的な高校生たちが話しかけてきてくれて、嬉しかったけど、なんか歳をとったなって感じたな
ほんでちょっと街から遠い。
トゥールスレン虐殺博物館(Tuel Sleng Genocide Museum)
わたし19年間生きてきて、一度も人が死ぬ瞬間を見たことがないな
って気がついて、
これって恵まれてるっておもいました。戦争とか殺人とか事故とか、そういうのってショッキングだからトラウマになると思うし、ましてや小さな子どもがみたらあかんものなんやろなって。
毛沢東もスターリンもレオポルトも、悪やけど、そのひとたちが一人一人を殺したわけじゃなくて、殺す仕事をした人がいて、リーダーたちは人を刺す感覚とかもしかしたら体験してないかもしれない。おじいさんおばあさんに太平洋戦争のことを聞きましょうみたいなときも、なんでこの人たち、そんな悪い上の人のこと聞いたんやろ?って思ってたけど、お国のためっていわれてたんよって。まさかそんな!?って思うようなことがあるんやって。
だから今の時代の常識も、変化の常識も、そんなバナナって感じる時代が来るんやろね。決して疑ってないわけじゃなくて、まだ人間がそのレベルで、そんな社会を作ってるだけなんや。
流されるのは簡単で怖いことだと思っている。けど行動はともにしないと社会は作れない。やっぱり人間は1人で生きてはいけない生き物で、いま私のしていることが、将来の人たちに迷惑をかけていたら・・・そのときはごめんなさいとしか言えない。
「1979年、ポルポトが解放した国民の85パーセントが14歳以下」!?
政権に反発するような思想を持たないとされる13歳以下の子どもが、兵士になり、医者になり・・・人を殺す道具にされたようです。だからカンボジア全体の学力も兵力も落ちました。
そんな時代に生きた当時の子どもたちがどんな親になって、どんな教育をしてきたのか、すごく疑問に思いました。
そして、今でもポルポト政権下に仕組まれた地雷の撤去活動がされていて、地雷によって殺される人も手足を失う人も、その家族も苦しい世の中を生きていることに、心をうたれます。
むごたらしい。でもこれも人間のすることだと認め、弱い生き物だと思いました。
学生タダで入れます!
カンボジア王宮(Royal Palace)
とりあえず目につくのが、
ハト
中は、別に入らんでもいいかなって思ってしまって行ってませーん。広場でハトを眺めていました。ほんま天気悪かったー
シアヌークの子どもであるここの王様は、よく北京で過ごされているらしい。
ワット・プノン( Wat Phnom )
この日の観光はここまで。
13$で1日中、連れ回してもらいました!
ありがとう、トゥクドライバーのお兄ちゃん
次の日。
半日歩いて観光〜
トレンサップ川(Tonle Sap River)
これは、川の水の交わるところで色が違うーって思って撮ったのにうまく撮れなかった写真。
川沿いにジムが並んでて、体を動かしている人をたくさん見かけます
雨も止んで・・・
独立記念塔(Independence Monument)
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