唐突だが、僕は「いとしのエリー」が最も完成された形の楽曲のひとつだと思っている。
それはなぜかと言うと
"歌詞の1行目ですべて語り終えている"からだ。
「泣かしたこともある」
はい、以上!これで終わり!あと余白!
楽しんでね!
みたいな感じ。
もうちょっと詳しく言うと、
1.タイトル「いとしのエリー」
2.一行目「泣かしたこともある」
3.演奏、アレンジ
の3つが「いとしのエリー」の内容全てを語っている
ということです。
「泣かしたこともある」と言われりゃ、9割くらいは幸せなんかな…とか、今後はそんな風にしたくはないんやろな…とか推測し理解できるニュアンス。
加えてタイトルが「いとしのエリー」言うとるもんやから、ああやっぱそうやな!と確信が持てます。
これで物語上の2人の関係性は過去・現在・未来ともになんとなく示され、完了です。
原詞を要約しようとするともうこれでええがなと思うのです。
あとは感情のドラマチックな盛り上がりやサザンにまつわる海のイメージは演奏やアレンジが担っています。メロディのこともありますが、コード割も多めやしメロディより、コード感とリズムが割合として優っています。
このように、歌詞(ラブソングはとくに)は最初の一行で決まり、あとは本来的に捉えてミュージシャンが音楽として表現しているという形が僕は好きなんです。
音楽・アレンジの存在感という話でいえば、
「瞳はダイヤモンド」の原曲版とトライセラ12Bar版でもあります。
この曲は女の人の"悲しいときは悲しいが、強さもある"という面を表した名曲ですが、原曲版ではゆっくりで悲しみを重視したアレンジかなと思います。
かたやトライセラはモータウン風の跳ねたリズムで切ないコードを弾きます。楽しい時間の慣性が働いたようで僕は好きです。慣性の法則でこのリズムだが、原曲のコード感やメロディが"もういなくなったこと"を感じさせ、結果的に悲しいことが伝わり、リズムがだれることなくそのまま行くことで女主人公の強さがより伝わってくるように感じます。
どや悲しいやろ!とは言わない。
あとはスキマスイッチの「全力少年」が長年嫌いでした。なんかそんな爽やかでポップな少年時代なかった自分からすればハブられてる感じがし、むしろ孤独感や悪気のない攻撃を思い出すような感じがしていたのです。
そんな原曲版でしたがアルバム『Re:Action』内の「全力少年」つまり奥田民生リアレンジ版を聞くと、あら不思議!
ロック少年もこの中に入ってもいいのか…
と涙が出るような嬉しい心地になったものです。
とまあアレンジによって人の心に入ってくるかどうかや詞の解釈がグッと変わったりするのですが、それはやっぱり演奏者やアレンジャーの一番楽しいところだと思います。
トライセラのライブを観ていると大体の曲が原曲通りのアレンジではないし、楽器数が減るのでほぼ100%セルフカバーになっています。
まさに"LIVE"で、音楽は生きているんだ、噂通り音楽は自由なんだと感じさせられます。
そんな多大なる影響を受けて育ったロック少年が時を経て、ひとりステージで弾き語りをしているわけです。
稲五郎は毎年度目標を立てて活動しています。
1年目は、1年でオリジナル曲100曲つくる(達成)
2年目は、音程・滑舌の向上(3年くらいかける予定)
そして今年度3年目ですが、よりアレンジを楽しもう!ということにしました!
「いとしのエリー」ほどではないですが、最初の3行くらいで中身がわかって演奏で表現する「Twinkle」というオリジナル曲を中心にアレンジを楽しんでいこうと思います!目標は1年で12アレンジ。
トライセラほど見事ではないですが、コードが(ほぼ)2つだけの曲になっておりますのでアレンジは無限大。
1756今年度目標その1、明日披露するよ!
カモーン、ヤンチャーズ!!
それはなぜかと言うと
"歌詞の1行目ですべて語り終えている"からだ。
「泣かしたこともある」
はい、以上!これで終わり!あと余白!
楽しんでね!
みたいな感じ。
もうちょっと詳しく言うと、
1.タイトル「いとしのエリー」
2.一行目「泣かしたこともある」
3.演奏、アレンジ
の3つが「いとしのエリー」の内容全てを語っている
ということです。
「泣かしたこともある」と言われりゃ、9割くらいは幸せなんかな…とか、今後はそんな風にしたくはないんやろな…とか推測し理解できるニュアンス。
加えてタイトルが「いとしのエリー」言うとるもんやから、ああやっぱそうやな!と確信が持てます。
これで物語上の2人の関係性は過去・現在・未来ともになんとなく示され、完了です。
原詞を要約しようとするともうこれでええがなと思うのです。
あとは感情のドラマチックな盛り上がりやサザンにまつわる海のイメージは演奏やアレンジが担っています。メロディのこともありますが、コード割も多めやしメロディより、コード感とリズムが割合として優っています。
このように、歌詞(ラブソングはとくに)は最初の一行で決まり、あとは本来的に捉えてミュージシャンが音楽として表現しているという形が僕は好きなんです。
音楽・アレンジの存在感という話でいえば、
「瞳はダイヤモンド」の原曲版とトライセラ12Bar版でもあります。
この曲は女の人の"悲しいときは悲しいが、強さもある"という面を表した名曲ですが、原曲版ではゆっくりで悲しみを重視したアレンジかなと思います。
かたやトライセラはモータウン風の跳ねたリズムで切ないコードを弾きます。楽しい時間の慣性が働いたようで僕は好きです。慣性の法則でこのリズムだが、原曲のコード感やメロディが"もういなくなったこと"を感じさせ、結果的に悲しいことが伝わり、リズムがだれることなくそのまま行くことで女主人公の強さがより伝わってくるように感じます。
どや悲しいやろ!とは言わない。
あとはスキマスイッチの「全力少年」が長年嫌いでした。なんかそんな爽やかでポップな少年時代なかった自分からすればハブられてる感じがし、むしろ孤独感や悪気のない攻撃を思い出すような感じがしていたのです。
そんな原曲版でしたがアルバム『Re:Action』内の「全力少年」つまり奥田民生リアレンジ版を聞くと、あら不思議!
ロック少年もこの中に入ってもいいのか…
と涙が出るような嬉しい心地になったものです。
とまあアレンジによって人の心に入ってくるかどうかや詞の解釈がグッと変わったりするのですが、それはやっぱり演奏者やアレンジャーの一番楽しいところだと思います。
トライセラのライブを観ていると大体の曲が原曲通りのアレンジではないし、楽器数が減るのでほぼ100%セルフカバーになっています。
まさに"LIVE"で、音楽は生きているんだ、噂通り音楽は自由なんだと感じさせられます。
そんな多大なる影響を受けて育ったロック少年が時を経て、ひとりステージで弾き語りをしているわけです。
稲五郎は毎年度目標を立てて活動しています。
1年目は、1年でオリジナル曲100曲つくる(達成)
2年目は、音程・滑舌の向上(3年くらいかける予定)
そして今年度3年目ですが、よりアレンジを楽しもう!ということにしました!
「いとしのエリー」ほどではないですが、最初の3行くらいで中身がわかって演奏で表現する「Twinkle」というオリジナル曲を中心にアレンジを楽しんでいこうと思います!目標は1年で12アレンジ。
トライセラほど見事ではないですが、コードが(ほぼ)2つだけの曲になっておりますのでアレンジは無限大。
1756今年度目標その1、明日披露するよ!
カモーン、ヤンチャーズ!!