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私の記事の紹介です。内容の振れ幅が大きいのでご興味を持たれた方はこちらをどうぞ。
【ロビー1−1】
「だからあ、敦は自分に負けたんだよ」
中年で禿げ上がった男、吉川は今日もタオルを首に巻いて、身を持ち崩したギャンブラーのような格好をしている。彼は元々大きな声を更に張り上げてしゃべっていた。何故なら遠い席の相手に話しかけているからである。
精神科はるひの丘病院は坂道の上にある。年末シーズンの院内は、透明ボルドーのグラスアートがそこかしこできらめいていた。裕福な病院ではないが、精神科なら患者の中から作家も出るだろう。或いは駆け出しの作家から作品を貸し出されることもあるだろう。精神科に鋭利なものは持ち込めないことを考えると、割れない素材のグラスアートと考えられた。
ロビーは席を移動できないほどの混み具合ではない。吉川は患者だ。そして彼は話し相手と不本意に離れてしまったわけでもない。吉川は大声でまくしたてて発散する快楽に没入しているため、相手と接近する努力を怠っているのだった。
そして吉川は患者によくあるように、注意されるまで空気が読めない。注意されてもしゃべるのをやめられない。
「一流のカップルの息子で、私立の学校に受かって、いいもん食って! 才能認められてメジャーデビューして! 苦労してないから人生ナメてたんだよ! あいつの売れっ子人生もこれでパア。ナメてたんだよ! 人生」
吉川は過ちをおかして騒動になっている二世芸能人をこきおろすのが止まらない。その瞳は興奮でぬらぬら光っていた。
「そうだよね!」でっぷりと太った六十代の老婦人、花川が同調して大声を撒き散らした。
「人気バンドのボーカルで、一躍有名人になって、容姿は整っていて、ガッポガッポ稼いで。でも人間てさ、ナメてると転落するんだよね。甘やかされたんだろうねっ!」
彼女も空気の読めない患者。しゃべってないといられない。二人とも全てを持ったアーティストの転落が楽しくてたまらない様子だった。
「そうだよ。甘やかされたんだよ」
「浩二と良子の子供だもん」
「二世アーティストなんて結局さ!」
「なあ? 苦労してないよな!」
醍醐直美は今年で二十四になる。ADHDだが統合失調の診断を受け、精神科にかかっている。ADHDの専門医は近くに見つからず、見つかったとしても統合失調の治療をしている以上、投薬は受けられない。しかし現在の主治医に甘んじると、ADHDの治療は直美の趣味の自己責任とされた。主治医の姿勢がそうでは医療関係者はADHDの相手などしない。それどころか、ADHDを統合失調患者の妄想で片付けようとする。直美は生活に困っていた。
ADHDは聴覚の情報に弱い。診察の日のロビーはいつも拷問だった。吉川、花川は、直美のはるひの丘病院デイケア時代の苦手な知り合いだった。
直美はロビーで静かな場所を探してさまよったが、どのポイントにも吉川、花川みたいなのがいた。居ないと思うと本人たちがまるで直美をつけてくるかのようにはるばる移動してきて、そばに陣取った。彼らは会話に花を咲かせるが、絶対に接近して座らなかった。離れて座って叫び合う。
直美は、更に悪い事に挙動のおかしい青年にも気がついた。彼女が移動するたび、執拗に密着して来る。彼女は正々堂々とたずねる事にした。
「何ですか」
青年は答えに詰まり背中を向けたが、辺りをキョドキョドしながら直美の方にバックしてきた。片手を彼女の片方のてのひらにタッチ。そのあと竜巻のように廊下を走ってゆき、つきあたりに立っていた大柄な壮年の男に丸めたノートですっぱたかれていた。
(vol.174「ロビー②(第一幕)」に続く)
【後書き】
スマホで書いてますが、いまだかつてないくらい長い短編になります。「音」シリーズの倍はあるので気が遠くなります。責任取りたくないです。途中まで書いたらケツまくって逃げたいです。
本筋が出来ているにもかかわらず、ラストが納得いかなくて、一月かそこら、七転八倒していました。最後のアイデアをひねり出すまでにラストが四パターンも出来上がっていました。
全体を通しての登場人物が7人。前半限りのゲストが4人。ロビーが舞台ですから多くはモブですが……。
読者が覚えられるキャラクターは7人まで、という説を聞いたことがあります。しかしvol.163「音⑤」の後書きで触れましたが、今回のはシリーズもの亜種です。前述した7人の内3人は再登場なのです。その場合「覚えられるキャラクター数」はどうカウントするのでしょう。難しいですね。
【ありがとうございます】
魔法のファン☆クリエーションの山田先生、ずっと更新してなかったのに、ペタをペッタンペッタン、ありがとうございます! 嬉しくて泣けます。
それでは失礼いたします。ご覧くださった方に感謝。