10数年も前に九州からJリーグへ一番乗りで参入したアビスパ福岡。福岡には東福岡高校もあるし、『北九州より福岡のほうがサッカーが盛ん&強い』と“当然”思ってる人は多い(と思う)。
 ところが、じつは、1970年代まで福岡のサッカー界をリードしていたのは北九州なのだとか。そして、新日本製鐵八幡サッカー部という栄光と歴史、そんなサッカー伝統をもつ地域なのだ・・・とサッカー育成に携わる方からそんな話しを聞いた。

 北九州では、ギラバンツを応援しようとNavyWavyのような地元の大学生グループのみなさん×市×メディアが協力関係のなかでさまざまな企画をおこし、それにクラブも応える格好で参加協力している。
 地元密着を目指すこういった動きをみると、いまの本城はガラガラでも、そのうち住民、商店街とこうした動きが伝染して(?)北九州市民の誇りと伝統にも火がついて、本城が埋まる日が必ず来るような気がして、外は豪雨警報注意報でどしゃぶりなのに、なんとも晴れやかな気分になれた。 (^^)

 
 北九州サッカーの歴史と伝統:わかりやすいので、コチラから引用とさせていただきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/八幡製鉄サッカー部


 監督の寺西*が同郷の広島出身の高卒選手を集めてチームを強化、チームが強くなると静岡や関東出身の選手も集まったが、地元出身選手はあまりいなかった。当時九州はサッカー不毛の地といわれていた。
 しかしトップレベルのサッカーを展開し、根付かせた功績は大きく1970年代まで福岡のサッカー界をリードした。その後は低迷しJリーグ発足にも参加せず、その後福岡県では中央防犯サッカー部(皮肉にも新日鉄が九州社会人リーグに降格した際に入れ替わりでJSL2部に昇格したクラブ)を母体にアビスパ福岡を結成、さらに北九州市でも、新日鉄八幡サッカー部解散後に三菱化成(現三菱化学)黒崎サッカー部を母体に創設されたニューウェーブ北九州(現ギラヴァンツ北九州)が2010年シーズンからJリーグに参戦するため、新日本製鐵八幡サッカー部の栄光の歴史も埋もれようとしている。

 しかし寺西忠成の指導を仰いだ東福岡高等学校が史上初の高校三冠を達成するなど黄金時代を築いた他、かつて日本リーグの強豪クラブが有った事で、北九州にサッカー少年団が生まれ、当地は現在においてサッカーが盛んである。
 東福岡高で三冠を達成した時の主力・本山雅志、宮原裕司らの他、大久保嘉人、平山相太も当地のサッカー少年団の出身であり、八幡製鉄サッカー部が後世に残した功績は小さくない。

 *寺西 忠成(てらにし ただしげ、1926年4月25日 - 1999年1月14日)
広島県広島市出身の元サッカー選手・サッカー指導者。
元八幡製鉄サッカー部監督、東福岡高等学校コーチ。



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