自分の親が毒親であることを本当に自覚できたのは、私が結婚して妊娠、出産した中で毒親の猛毒におかされたため。
今回は、婚約から結婚準備までの間の毒親とのエピソードを振り返ってみようと思う。
【私の実家での旦那さんの挨拶】
旦那さんが「娘さんと結婚…」と言う言葉に被せて、父が「あっ、どうぞどうぞ、結婚ですね。どうぞよろしく」と、こんなときでも人の話は聞かない。
【両家顔合わせ】
両家顔合わせの食事会で家族紹介のとき、当時、旦那さんにフリーターをしている弟がいたのだけど、その弟の話になったときに、私の毒父が義両親に向かって「子どもに甘すぎる。甘やかしてないで子どもは崖から突き落とさないといけない。」と発言。毒母は毒父の横で満足そうにうなづく。
食事会終了後、毒父から「弟がこのままだとお前たちが将来困るだろうから、お前のために言ってやった。」と言われる。
お前のためとかなに正当化してんだよ。その前にあなたの子どもの私も、崖に突き落としてきたってことですよね。今まで生きてこれたことがすごいよ私。これからは私だけは私を見捨てない、大切にする。よく頑張ったね。
【結納】
あの両家顔合わせ後、毒親から結納なんか面倒だとぶつぶつ言われながらも無事に結納。いただいた結納金を前にして「本来これは、親がもらうもの。それをお前に渡してやるんだから感謝しろ。だから我が家から結婚式に関してお金は出さないから。」と言う毒父。今思えば、ちゃんと結納して娘を大事にしてもらえたと喜ぶ場面じゃ?
【結婚式の準備】
「結婚式の準備については我が家は関わらない。今までお前に関わるとろくなことにならなかったからな。お前たちで決めろ。」と準備前から毒父が宣言。
会場の下見から決定、式の打ち合わせも2人ですべて行った。「知りたくもないから言う必要はない」と言われても、ちょくちょく毒親には報告していた。
衣装合わせは母親も行ったと複数の友達から聞いていたので、毒親を誘ってみるが「いやだ。行かない。あんたに関わるとろくなことにならない。」と拒否される。なんとか1回だけ一緒に行ってもらえた。しかし、始終不機嫌で帰宅後に「疲れた。やっぱり行かなければ良かった。」と言われる。友達から聞いていた楽しそうな衣装合わせの話と違いすぎて、もう二度と誘うことはなかった。
ただ、両親の貸衣装の衣装合わせのときは、問答無用で私も付き合わされた。さらに1回決まった衣装がやっぱり気に入らないと、私を引き連れて自分から衣装合わせにまた出かけた。そして、義母の決まっていた衣装を見せろと店員に言って、前回決めた自分の衣装より豪華な柄だったことに憤慨して釣り合う衣装を出せと感情的になっていた。私の衣装合わせのときとは、やる気が全く違っていて全くの別人である。