転職
さらば、アニメの世界、180°違う世界への転職、
就職時期でない時期に、転職するのは大変です、
同じような仕事を探す訳にはいかず、親の面倒を見るには、有る程度安定した仕事につかなくてはいけないので
友達に相談しました、友達は流通の世界にいて、中途での募集があるとのことで、面接を受けることになっておりました、流通、この世界、大学時代、アルバイトをして、辛さをよく知っており、入社する事は不本意でしたが、しかたがなく(就職先が無い状態では・・・)面接に出かけたわけですが、一応一部上場の会社ですから、簡単には入れないのではいれれば、とりあえず、後でまた転職なんて考えおりました、考えが甘いーーーーい。
あんのじょう、なんの連絡もなく、私は次の就職先を検討しておりました、小学館へ履歴書を送り書類選考のパスの連絡が来て、次の試験に行くつもりでした、その数日後、友達から連絡があり、直ぐ来るようにとの事でした
郵便事情で合格の通知が私に届いなかったのでした、この時、小学館への就職の夢は無くなりました、
まあ三流大学を出て、入社する事じたい夢なのかもと、現実に私を必要としている企業をこの時決断しました。
入社してインテリア売場で仕事をするわけになるのですが、多少、美術的センスが役立つ仕事で、お客様には
信用がありました、しかし最初は人と話す事自体、得意なわけでもなく、接客商売は辛いものでした
入社当時、上司、本社の偉い人が来るたびに店長室に呼ばれ紹介される毎日でした、みんなにこにこして
笑顔の人ばかりで、みんな同じ顔にみえたものでした、なんでいつもにこにこしているのか不思議でした
この会社新規採用がズート無く、大卒中途採用もしていない、業績不振の会社なのでした、
だから、新人をすごく大切にしてくれたのでようか、店長は時々巡回して私のところに来て、身体のこと、将来のこと、いろいろ気にかけてくれました、売り場責任者と仲が良く、夜マージャンなどもする仲で、会社の中でも、一目おかれた店長でもありました、私はのちに自分の目で見て採用した新人を育てる事の重要性を後で感じました
人との出会い、運命、信じますか、道を間違えて遠回りしても、目的に着くこれでもベストでしょう、また今がベストと考える事もベストかもしれませんね、
次回は、流通でのお話を少ししましょう。
アニメよ永遠に
アニメ業界はあの頃はセルを盗んで新聞で話題になりましたが、実際仕事に入る為の専門学校が無かったのです、現在はアニメ、漫画は世界に通じるものになっていますが、あの頃は、アニメブームはブームだったのでしょうが、いかんせん、低賃金でした、将来の不安と共に毎日を生活していました、好きな事をしてお金貰えればいいじゃないかと言う考えもありますが、アニメの世界で一生生活してる人はいるんだろうか?
私は毎日が不安でした、好きな事をやりお金を貰える、天職だと思いました、しかし、現実は長男で、親の面倒をみなければいけないし、このままでいくらまで稼げるか将来の不安はつきまとっていました。
この世界を辞めるきっかけは、親の一言でした、私の仕事場に訪れて「ばかな事して」。。。
私は大学の学費は親からだしてもらい、生活と家賃はアルバイトで稼いで大学を出たので、親にはすまないと
毎日思っていました、大学を卒業して普通の就職をするはずでした、実際、入社予定者の研修にも参加しておりました、正式入社の段階で、運転免許を持っていることを条件に入社してくださいとの通知が来て愕然としました
免許はお金が無く、持っていませんでした、面接の段階でそのことはお話していたのですが・・・・、採用予定の人数に達して、私はどうでも良い人員だったのでしょう、電話をかけても、それが条件ですから・・・・・。
当然、私は入社できず、就職氷河期の犠牲者になった経緯があり、(この事は、今でも天国の父には話していません)アニメの世界にいながら、次の就職先(今でいう第二新卒状態)を探していました、給料さえ高ければ、そのまま、居たかもしれませんね、すべて自分一人で決断した事ですから、こういう時、先生の話をよく思い出します、「人生で自分の意志で決められるのは、就職と、結婚です、何故なら、生まれる時は自分の意志はなく、死ぬときもまた同じです、就職と結婚は自分で考えて決断する事が可能だからです」この言葉、氷河期のあの時の就職には当てはまるのだろうかととも思いますが、最終決断、自分で決定出来ることは間違いありませんね。
選ぶ程多くの企業が無いわけで、選べ無いけど、就職しないか、するかは自分の決断ですよね、
ちょと話が堅くなりましたね、
これから、別の世界に転職する事になるのですが、この短期間の事が人生で一番楽しい想い出、青春時代かもしれませんね、劇場用の某△マークの宇宙●●●●トとかに参加出来たこと等良い想い出かもしれません、
テレビ版●●鉄道の作品はDVDで発売され、今では私の宝としてライブラリーにあります、名前も出てこれは
自慢です。この次は転職先でのお話をしましょうそれではまた。
アニメの世界
アニメの世界に入って、驚き、時間は定時に始まるが、終わりの時間が定時でない・・・・
私の入社して会社某△マークの仕事が中心の仕上げ、セルに色を塗ったりする部門のプロダクションで
動画のプロダクションから動画が届かないと仕事にならず、早く切り上げ、テレビの仕事だと締め切りが
ありしわ寄せが来て徹夜・・・ああ眠たい、自分の仕事がテレビ放送されている時間は修羅場です
好きでないと出来ないよ、大学卒業しても同じアパート暮らし、トイレ共同、風呂なしのアパート暮らし
生活はアルバイト生活の延長、ちなみに大学にいきながら、スーパーの夜間の補充の仕事を4年間やって
当時時給380円だったかなあ、1ヶ月3万ちょっとで家賃8000円のアパートで生活していた状態から
給料8万弱の生活にはなったが、ほとんどアルバイトの生活です、健康保険も、当時は無かったし
まあ、その分健康でした、気合いで・・・・・・
仕事は動画をセルに複写器を使って転写して、今はどうなんでしょうか、カーボン紙、動画とセルの間に入れ
熱で動画の黒色をセルに写すと言う仕事、これがなければ、女性陣の色塗りの仕事が始まらないのです、
今はコンピューターの中で色塗りができますが、この作業薄く塗る技術が難しく、パートさん(外注)へ出すのにも
練習しても、不向きな人はいました、一枚いくらで外注さんに出すわけでが、厚く塗ると駄目、時間もかかり重ねて撮影する場合は光が入り駄目、より薄く、均等に塗る・・難しいのですよ、特殊な塗料で塗るわけで、訂正が出来ない、線からはみ出て塗る事は駄目、均等に塗らないと光が抜けて、色が変わる・・・・・・・
こんなものを最終チエックするのも私の仕事、セルを綺麗に仕上げる事が大切で大変です、最初は力技で汚れを取って、セルにキズを付けたり、動物の皮で汚れを取るのですが、変な力を入れず取ることが出来ないのです、
私こんな仕事をやるのに入社したの出はないのだけど・・・・・・・・・・。
そのうち、エアーブラシで手を書いて見てくれと先輩に指示され、・・・・・・。
エアーブラシだけで書くのですか?って聞き返しました、高校時代には多少使ったことは有りますが
使う事が出来るか不安でした、なにせ、紙に書くのではなく、セルに書くのですから大変です。
この後の話はまた後日・・・・・・・・・・
それからの道
私は、現在趣味で、絵を描いております、高校時代は、プロになりたいと思い、いろいろと雑誌にカット似顔絵を
投稿していました、漫画で生活することが夢でした、高校では美術部で石膏デッサンばかりやっておりました
文化祭の展示には、一人イラストを展示しておりました。
それまで、私のような事をやっていた人が先輩にいた事を2年の秋だと思います、私の作品の近くに、絵が展示されており、私がもうひとつ作品を出品していると思われたことがあったのです、この作品がのちに私の進路を
大きく変える出会いとなります、これは後ほどお話するとして、この作品は先輩の絵であり、あるテレビアニメーションで実際に使われた、背景画でした、某有名な、水木さんのげげげの・・・の作品でした、この作品をみて
背景画、アニメションの世界に憧れを抱いたのでした、それまでは、漫画、イラストのような動かない世界から
動く世界が急に近くに感じました、この世界で仕事をしたいと思いましたが、現実的ではない夢の世界、私は
趣味として、絵を描くことに決め大学へと進学したのでした、家庭は高校2年の時、両親は離婚し、父親は友人の
保証人になり借金を抱えた生活で、夢を考える余裕はなかったのも事実でした、大学へは、親が出ていないので
進学させていただいたのですが、生活費は4年間アルバイトで稼いでいました、スーパーの夜間補充の仕事です、毎日6時からやってましたね、大学が休みのときは、朝からアルバイトをやり、4年生の時は、従業員と変わらない仕事をこなしていました、従業員の苦しげな顔、やるきまんまんな、新入社員の顔、卒業するときは、
その当時の知っている人が、4年生の時、本社の人事部長をやられており、まあ、4年間アルバイトをしてれば
この店からバイヤーになる人、いろいろ知っている人が増えるのはあたりまえかもしれませんがね、人事部長になっていた人がいるなんて知りませんがね、私はこのころ、スーパーにだけは仕事としてやりたくないと思っていました、仕事の辛いところを知り尽くしていたから・・・・・・。
私が就職しようとした時代は就職氷河期といわれ、就職がなかなかできない時代でした、私のような無名な大学を出たものにとっては、最悪の年です、3箇所ぐらい会社訪問して、ふと就職できないなら、自分の好きな世界へ
いってみようかと、神の声がして、高校時代の先輩を思い出したのでした、早速、高校の美術部の先生に電話をして、住所を聞き、お願いの文章を書きお送りしたのですが、残念ながら、某三角マークのアニメーション会社は
採用をずーとしていない時代でした、先輩はその時数多くの作品を手がけており、私がアニメ好きだと思い、当時の人気あるアニメの使用済みのセル、台本、絵コンテ等を一緒に同封して送ってくださり、これがあきらめられない理由となりアニメの世界の門をたたくことになったのでした・・・・また日を改めて続きは書きます。