く塩尻駅からしなの16号に乗車しました。今週水曜日に運転再開したばかりです。
しなの号は基本パターンは名古屋~長野が基本ですが9号16号は大阪~名古屋~長野の運転になります。

大阪~長野というえは12系14系を使用した夜行急行ちくまが運転していました。夏山シーズンには登山客で溢れていて木曽福島や塩尻でたくさん降りていきました。ちくまはその後3)3系に置き換えられ臨時列車になってからは381系となりそして列車自体がなくなりました、
小生が子供の頃、名古屋から信州方面には定期夜行急行だけでもちくまのほかにきそが、そして臨時のちくま、167系使用のちくま・くろよんと多彩な夜行列車群でした。さらに名古屋駅には夜行で帰って来た乗客相手の銭湯もあったりしました。
話はそれましたが塩尻からいざ乗車。火曜まで災害のために運休していたためキップ販売も数日前からですが10両の車両はまあまあ埋まっています。
塩尻からはJR 東日本の乗務員から東海の乗務員にバトンタッチ。車掌は名古屋運輸区の2名乗務です。ちなみに米原まで通しでなく名古屋で名古屋運輸区の車掌同士で交替し米原で西日本の車掌と交替します。
さて、列車は雨の木曽谷に突入しました。島崎藤村の作品にも出てきますが木曽谷はホンとに全て山の中という感じです。

木曽福島に到着。木曽福島は木曽群木曽町にあり木曽郡内の役所やら病院、高校が近隣にあります。また駅前からは御嶽山の登山口までのバスや新宿行きの高速バスも出ています。以前、伊那市駅から木曽福島駅までおんたけ交通とJR バスの共同でごんべえ号というバスを試験運行していましたが1年の期間終了と同時に運行終了となりました。
尚、この木曽福島駅はSL時代には木曽福島機関区も併設されていて運転上の大きな拠点となっていました。現在は夜間留置が313系2両×2本あります。
国鉄時代には駅弁の販売とホームの立ち食いそばがありましたが跡形もありません(--;)弁当を作っていた店は新聞店としていまも営業してます。
木曽福島を出ると次は南木曽に停まりますが先月の災害で橋桁が流された区間を途中通ります。
次に南木曽到着。島崎藤村ゆかりの地中仙道馬籠宿はここからバスとなります。
そして、こちらも国鉄時代にはSL拠点だった中津川到着。時間帯によっては多くの留置車両が休んでおりJR 東日本 長野総合車両センターの
115 211系も中津川までは2往復来ており留置線で休んでいることがあります。中津川かろ西はTOICAエリアとなります。
またこの中津川駅バス乗り場はかつてJR 東海バスと名鉄傘下の東鉄バス、濃飛バス、北恵那交通と4社の路線バスが乗り入れていたが現在はJR 撤退と名鉄グループの路線移管などにより東鉄と北恵那の2社となっています。※中央ライナー可児号でJR バス関東が1往復乗り入れをしています。
中津川を出ると車窓の風景も徐々に山間地から平野地に変わっていきます。
多治見到着放送と同時に緊急停車。踏切でセンサーが検知しての停車のこと。
安全を確認出来たとのことでまもなく動きだし直ぐに多治見着。ここからは太多線が分岐していて昼間はキハ11主体ですがラッシュにはキハ40系列も見ることできます。
多治見を出ると再びトンネルを幾度か潜ります。また土岐川、庄内川と並走する場面もあります。最後のトンネルを潜るとまもなく高蔵寺を通過し以後名古屋までの車窓は町並みとなります。
大曽根で名鉄瀬戸線とゆとりーとラインの高架を眺めまもなく千種に到着し下車しました。