4/6「テキサス」@パルコ劇場


大分空いてしまいましたが久々に舞台感想を。
星野源くん目当てで観に行きましたこの舞台。長塚圭史さん作品らしく、この方の作品は初となりましたが笑いありその中にもきな臭さがある、見応えのある内容でした。
テキサスって聞いてなにそれ西部劇?と思ったらセットはまるっきり日本。
もうその時点で意表を突かれていたのですが、内容も「(イメージとしての)荒野の男達」というものをガラガラと崩してくるものでした。

簡単にまとめると、東京から借金をこさえて田舎に帰ってきた主人公が、平和な筈の田舎の村で様々な事に遭遇して最終的に東京に戻る。これだけだとよくある話…だけど、その様々な出来事が面白い。
闘鶏の慣習、村で大流行している「美容整形」、家の脇に生えた奇妙な草、借金取り。このよっつが上手く絡み合ってブラックジョーク溢れる舞台になっています。
勿論、最後の方で西部劇っぽいシーンもあるけれど、閉ざされた村で行われる迫害や奇妙なしきたり、独特の概念がじわーっと滲み出てラストは奇妙な後味になります。しかし完全にダークでもなく、あっさりしていて消化しやすい。
金曜の仕事帰りでもさくっと見れて、沢山笑って元気をもらえました。

星野くんの演技は初めて見たのですが、変わっていた村に最初は振り回され、段々と染まって行き、そしておかしくなる過程が解り易くて良かったです。
個人的には木南晴夏さんの彼女役が良かった。東京の女の子っぽいケラケラした感じが良く出ていた様に思えました。
他のキャストさんもとても魅せ方が上手かったです。アコーディオンの曲には笑ったわー。


 

1/28昼「下谷万年町物語」@シアターコクーン

行って参りました。
前々から藤原竜也の舞台を一度見てみたいなと思っていた矢先のこちらの舞台。
テーマに惹かれてチケットを取ってみました。「戦後」「下町」「娼夫」「オカマ」そんなキーワード、それと蜷川さん演出と言う事で。
概要を余り知らずに観に行ったので途中でパンフを購入しましたが、一回だけでは理解するのは難しいと言うか、上野の戦後事情を知っている世代には見易いものだったのかと思いました。
家に帰ってパンフを読みながら、ああこういう時代だったのねと振り返っては納得しましたが、いかんせん昭和も最後の方で生まれた自分にとっては全てが「えっこれ本当に日本なの?」といった内容も多く見受けられ、ああそうなのかと歴史を振り返りたくなる事柄もいくつかありました。
以下、自己解釈も交えたネタバレ的な内容。


舞台は上野近くにある万年町、現在の台東区北上野辺り。うちの母(東京出身)が言うには昔の上野は今ほど綺麗でもなく、どちらかと言えば貧困層の多い、「近づいてはいけない」場所だったらしい。
まぁ新宿だって西口のガード下の方は治安は宜しく無かったと言うし、戦後の空襲後の東京は荒廃していてもおかしくない。そんな中で娼夫の町があり、そこで育った文ちゃんの体験した話が元になっている。
文ちゃんというのが作者の唐十郎であり、冒頭で唐十郎本人が大人になった文ちゃんを演じている。そこから中学1年の文ちゃん(西島隆弘)に引きずり込まれる様に、過去に堕ちて行く。
米の配給に必要な警視総監の帽子を盗み出した洋ちゃん(藤原竜也)、それを追う万年町のオカマ達、一連の事件を上演しようとしている浅草の一座、それが集まりしひょうたん池で、自殺未遂をしていたキティ(宮沢りえ)。キティは名のある劇場の男装のダンサーとして活躍していたが、戦争で別れた恋人を探していた。そのキティを洋ちゃんが助けた事で、文ちゃん洋ちゃんキティの三人はサフラン座という一座を立ち上げ、初演の演目として洋ちゃんの生い立ちをキティが演ずることになるのだった。だがキティは元ヒロポン中毒者(いわゆるヤク中)で、その過去を段々と見つめざるを得なくなり、更には恋人の死の真相を知り舞台には段々と怪しげでヒステリックな雰囲気が漂ってくる。そして洋ちゃんも、自分を乗っ取ろうとするキティに対して「僕を返してくれ」と叫ぶ。洋ちゃんも所詮は万年町のならず者。戦後の動乱で見つめなくてはいけない未来を見失ってしまったのだ。
オカマ達に捕まり責め苦を受けた洋ちゃんはキティを救ったひょうたん池で死を遂げる。空気を注射されて死んだのだ。発狂するキティは警察に連れて行かれ、文ちゃんと二度と会う事は無かった。


…と、大体こんな解釈でしたが、実際は原作を読むのが一番かと思われます。
文ちゃん洋ちゃんキティの三人は六本指の持ち主で、それがキーワードとなっては登場します。ですが本編自体には大きな影響は無く、それを持つ者同士の不思議な絆みたいなものがラストシーンでの余韻になっているのかな。
宮沢さんの体当たりな演技は凄かった。歌は上手くないけど、良く喋るし飛んだり跳ねたり大忙し。それでも男装シーンは格好良いし、薬物更生施設のシーンは迫力がありました。
藤原さんはもっと出番があっても良かった!って位に安定した演技で、やはり凄みがあるなぁと実感。
西島さんは正直ノーマークだったんですが、凄く綺麗な役どころが似合いそうな、存在が凛としているような素敵な俳優さんでした。今後に注目したい。
また、オカマ達も迫力ありすぎて^^長屋のセットで踊るオカマ達が本当に面白く、派手でした。
あと、本物の水を使い、池のセットの場面では皆池に落ちる落ちる…。こういう演出をするのが蜷川さんなのか、と感心しました。役者さん大変だろうな…^^

シアターコクーンは初めて行ったのですが、バルコニー席での観劇は少々体が痛いと言うか、首の位置が悪かったのか途中から頭痛が…^^;;
今度行く時は二階になろうとも正面で観れる席にしようと思いました。
あとパンフが2000円は正直高いけど、内容は満足でした。




1/28 「パレード」@銀河劇場

行って参りました。ちなみに夜の回。
これは前にやっていた映画を観て、それが個人的に面白かったので原作をちょっと読んで(映画の補完の為に)舞台がやると知り行ってみたというわけなのですが。
私は小説を余り読む習慣を持っていないので、あくまで映画ベースでしかこの話を知らないのですが、舞台はまた違った雰囲気で、見ていて飽きる事は無かったです。
しかしこうして映画→舞台を観ると原作を読んでみたいと思ってしまうくらいには、映画とは差があったようにも思えます。
(ちなみに普通にネタバレかますのでご注意を)
映画とも原作とも違った大きな部分としては、ラストの直樹。まさか舞台では死ぬなんて。
個人的には映画のラスト的には死ぬ選択はしないんじゃないかって期待していたので、こうやって直樹の最期を決定づけられるのは、ありっちゃありなんだけどちょっと違う様な。
でも、あのラストの続きがもしあるならこうなのかもしれない、とは思いました。皆知ってた。本当に知ってた。でも、本当に?という不思議な終わり方をした原作、映画に比べたらスッキリとしたものではあったかと。初見だったら結構うまくまとまってたんじゃないかなと思うかな。
あの不気味さをこの舞台で完結させた感はありました。でも、それはあくまで直樹だけの話であって、他の子達の人生においては何も変わりなく、何もわからないまま。それが直樹がいなくなってからのラストのシーンにあったのだと思います。
冒頭の朝のシーンの再現のラストシーン。直樹がいなくても同じ様な会話が続き、それがサトルに変わっても毎日繰り返されれば慣れていってしまう。一緒にいるのに、いなくても同じ。場面切り替えが無い、部屋のセットのみで構成されているのもひとつの窮屈さと閉塞感を醸し出して良かったと思います。
未来役の人のスタイルが綺麗で、それを生かした演技が良かったです。
琴ちゃんは映画の方が、家に居る時と丸山君の前に居る時のギャップが凄く良く表れていたかな、と思いましたが、舞台の琴ちゃんはまた違った不気味さがありました。「私は苦労するために東京にきたの」っていうのが怖い。彼女の言う苦労が何なのかは結局理解できずじまいでした。
サトルもうまいことひっかきまわす役になっていて、キーパーソンっぷりが良く出ていました。映画だともうちょい影薄い感じだったけど。
良介も最後の方は何考えてるのかわからないかんじが良かったです。きっとこれを観に着ている人達は原作か映画を知っている方が多いだろうから、彼のキャラクターには些か首を傾げる所はあったのかもしれないけれど、舞台版として見るなら丁度良かったかも。ちょっと犯人っぽいですよね。
舞台は通り魔事件を軸に絡めているというかは、個々の隠している秘密を手探りで解いて行く過程の中でのエッセンスとして通り魔事件があるという感覚に思えました。ずっともやがかかった道で一瞬だけ光が見えてパッと明るくなったけれど、やはりもやはかかったまま。そんな感覚にさせる舞台でした。


舞台を観た後施設内のカフェでご飯食べて帰ったんですが、やたら三重を推していてアレは一体何だったんだろう^^