川崎市の中学1年生上村(うえむら)遼太さん(13)が殺害された事件で、母親のコメントが反響を呼んでいる。母親は親子で向き合う時間が取れなかったと悔いた。ひとり親家庭の親や専門家らからは「母の愛情だけでは子どもを守れない」など、社会の支援を求める声が上がっている。

 母親は離婚後、一昨年夏に実家のある川崎市に移り住んだ。近所の人によると、医療・福祉関係の仕事をしながら5人の子どもを育てていた。

 『今思えば、私や家族に心配や迷惑をかけまいと、必死に平静を装っていたのだと思います』

 母親のコメントの一節に、児童養護施設の退所者の無料相談所「ゆずりは」の高橋亜美所長は、被害者と支援で出会った子どもの姿を重ねた。子どもは働きづめの母や父に心配をかけまいと、痛みや苦しみをひとりで背負っていた。「生活費を稼ぐことが『待ったなし』の状況で、母親は責任を問われるべきなのか。もし私が同じ状況だったら、息子の異変にすぐ気づいて学校や支援機関に助けを求め、子どもを救えただろうか」

 被害者は、夜に河川敷で暴行を受け、死亡した。

 『日中、何をしているのか十分に把握することができていませんでした』

 コメントからは母親が早朝から夜遅くまで働いていたことがうかがえた。大阪府豊中市の女性(47)は「私も同じ働き方だった」と振り返る。11年前に離婚。介護施設などで朝7時半から夜8時まで働きながら、当時小学生から2歳まで3人の子どもを育てた。月収は児童扶養手当を入れて16、17万円。帰宅が夜遅くなっても、なるべく子どもと一緒に夕飯を食べた。食べ方や表情を観察したが、「それ以上目をかける余裕はなかった。一人で子どもを守らなければと気負っていて、周りに相談できなかった」。

 NPO法人「全国父子家庭支援連絡会」の片山知行代表も「ほとんどの人が生活のために仕事をしている。子育てとの両立はいつもせめぎ合い」と言う。2004年に父子家庭となった当時、運送会社の所長として忙しく、夜は小学生と保育園の子どもの顔をほとんど見られなかった。「子どもも親に負担をかけないように遠慮していた」

 ひとり親家庭は、親の労働時間が長く、子どもと向き合う「ゆとり」が生まれにくい。厚生労働省の「全国母子世帯等調査」(2011年度)によると、母子家庭の母親の8割が働いている。約半数はパートやアルバイトで、平均年収は約180万円。生活保護や児童扶養手当などを含めても223万円だ。女性は家計を補助する程度に働く立場と想定された低賃金の仕事が多く、ひとりで十分に稼げない労働構造になっている。

 ツイッターでも、コメントを出した母親への思いがつぶやかれた。「SOSを発していた息子にもっと関心を持って欲しかった」と責任を問う声。「なんでこんなに『自分の至らなさ』を言い訳しなければいけないんだろう、これほどの状況で」とかばう声――。

 親が「ゆとり」を失う背景は何か。

 「自己責任という世論が浸透し、行政などに頼れる立場ではないと思わされている」。「大阪子どもの貧困アクショングループ」の徳丸ゆき子代表は、社会がSOSを出させなくしているのだと指摘する。

 「亡くなった子どもへの思いと、それを十分に発揮することを阻んだ現実の生活条件との『落差』」。社会学者の水無田気流(みなしたきりう)さんは、母親のコメントからそう読み取った。

 先進国は70年代からひとり親世帯にも目配りした福祉制度を作ってきた。日本は昨夏、閣議決定された「子どもの貧困対策法」に基づく大綱に、「保護者の就労支援では家庭で家族が接する時間を確保すること」を盛り込んだが、具体化していない。

 水無田さんは、生活のために低賃金で長時間働く現状を問題視する。「ひとり親は時間に余裕がない『時間貧困』に陥りやすい。母ひとりの愛情だけでは、子どもは守れない。育児時間が十分持てる社会保障制度改革が必要だ」と訴える。