思考が現実化する






実家の裏に自生している春のご褒美を収穫

こうやってフキノトウを自分で見つけて
摘んで加工している9年目の今シーズン

こうして今年も自然の恩恵をいただけるのは
本当は幸せなことなのだと言い聞かせています



このフキノトウは
フキノトウ味噌(バッケ味噌)となりました

ご飯にのせて母と頬張り
「美味しいね」
とその瞬間を味わって楽しむ


これが昨朝母と過ごした一時
とても良い時間だったと思います





以前はなかなか反りが合わずに
母親と言い合いばかりしていました

私はいつも心の中で
母とは性格的に合わないと思っていました

一緒にいればいるほど
腹が立つことが多く
なにかにつけて言い合いになるような状態

父が逝ってしまい母が一人になり
私は母が一人で暮らしていけるのかという思いで
母の所に通うようになったのですが
自分でそれを決めたのにもかかわらず
なにか母親に対して勝手に嫌悪感を抱くようになっていたのだと思います

こっちはお世話をしに来ているのに
毎週来てるのに
何もわかっていない

そんな思いをいつも抱いて母親と関わっていたことは今は昔


それでも行かなければならないという思いで
毎週行って泊まっての生活は
誰も頼んでいないのに
私は勝手にやらされている感覚でいるのですが
これが輪をかけて関係性が悪化していたのではないかと思います

とにかく色々なことがありました



私はそれでもいつも半ば自分への諦めと妥協で
母親と接してきましたが


今となって思うことは
私が母親と気が合わないと思うことや
母親にたまに抱くキライだと思うことは
自分のことだったのではないか
と思うことが多くなり

母を否定してしまうのは
自分を否定していることで

母と反りが合わないことは
自分を信じたくない気持ちにだからで

母に対して怒るような気持ちは
自分に怒りを抱いていたこと

全部自分のことだなのではないかと
ある日思考の見直しをしている最中に
気づいたことがありました

そんな時母親に対して傲慢な態度の日々が
申し訳ない気持ちに変化した自分がいました


その後
最近の変化なのですが

一時、歩行困難の上に病に倒れ
認知症が進み、被害妄想が益々悪化して
どうにもならなくなったという状態が
かなり元気になって
体調も頗るよくなり
認知症ではあるものの
以前のらような感じではなく
明るく元気にらなり
よく笑うようになりしました

きっとそれは
私が同じようになったからだと思います

そして私の思考の見直しにより
創り出した現実に変化があったということだと思います





そんな中で私について感じたことがありました


私は社会の中では
沢山の人々に信頼されています
社会の中にいる人間として
とても大切なことだと思っています

社会の中で大分気を遣って接する私ですが
それを親や姉、夫等身近な人への接し方と
同様かと思えばそうではなく
時に傲慢な態度を取り
無意識にも傲慢な態度でいる事に対して
本当は失礼なことなのではないかと感じるようにとなりました

親との関係で言えば
子だから親だからではなく
一人の人間への態度としてこれからは
考えなければならない
と感じたことでした



毎晩、母に電話をすると
明るい声で
「はーい」
と返事が来るようになった最近は
母との関係性が本当に変わりました


この関係性が変わったことで
何か色々な変化があったように思うこの頃
私を取り巻く社会の変化
社会を取り巻く私の変化
母親への思いを見直すとこれまでと違う変化を感じていますがこの話はまた今度綴ろうと思います



思考が現実化します

思っていることがいつしか
現実化します

起こって困る現実も
自分の思考が創り出して叶えた現実

起こって嬉しい現実も
自分の思考が創り出して叶えた現実


私はそう考えそう信じる



ではではこの辺で愛飛び出すハート


またね🙋