たぶん「あれは一体何だったんだろう?」という不思議な話の一つ二つはみんな持っていると思うので、私の話をしてみます。
これは不思議な話というより「そんなこともあったのか」くらいのことなんですが、私の記憶にはなく、母から聞いた話。母が幼い私を連れて都内のさるホテルに行った時、外国人の尼僧と遭遇しました。母が私に「ご挨拶なさい」と言ったら、私は何を思ったのか、ホテルの廊下なのに、その場で正座して手を付いてお辞儀をしたそうです。それを見たシスターは「まあ、なんて可愛い」と感激して、私の頭を撫でてくださったとか。物心がつく前の出来事なのでわかりませんが、子どもながらに「この人は敬わなければいけない」と感じたのでしょうかね?(因みに私の実家はクリスチャンでもなんでもなく、お正月は神社に行き、お葬式は仏式の、平均的な日本人家庭です)。
こちらも私の記憶にはない話。実家の近所に歯医者さんがありました。その歯医者は、元の場所であまり繁盛してなくて、その場所に引っ越してきたということでした。そして上棟式の神事に子ども(稚児?)が必要ということになり、ご主人が「女の子がいい」と言ったので私が呼ばれて行ったそうです。その後この歯医者は繁盛し、ついには保健診療を止め、自由診療のみの歯科となりました(金持ち相手😁?)。住宅地の中の細い私道の突き当たりという場所でしたけど、前よりは地の利が良かったんでしょうかね。
後日談ではないのですが、この歯医者の家はうちから眺められる位置にありました。大学生の頃「暇だなあ」と思いながら、ベッドに寝転がって何とはなしにその家の方を眺めていたら、窓からモクモクと煙が出て来ます。「魚でも焼いてるのかな?」と思ったら、煙はどんどん太くなっていって、なんと火事だったのです。消防車も出動してきて、しばらくあたりは騒然としていました。外装はそのままだったので、ボヤ程度だったのかな?と思ったのですが、内部はけっこう焼けてたそうです。この時、近火見舞いにいただいたビールの 6缶パックはほぼ私が飲みました😄。
中学生の頃、幻覚ではないのですが、強迫観念のように浮かんでくるイメージに苦しめられていました。それは顔は白い毛の生えた狐なのに、体は人間の男性で、白い着物を着て家の敷居の所に立っているのです。狐なのに顔には人間のような表情(ニヤニヤ笑い)が浮かんでいるのが怖くて、こんな想像は止めようと思うのに、なぜか繰り返し頭に浮かんで来ていました。思春期の性的妄想の一種なのかしらん?とも思いますけどね😅。
ところで実家は商店街の並びにありました(うちはサラリーマン家庭でしたが)。その商店街の中にあるお豆腐屋さんでは自殺者が続くという不幸があり、お葬式の回覧板を持ってきた近所の人が「やっぱりお稲荷さんの敷地だったのがいけないのかねえ」と言ってたので、聞くと、うちを含むその商店街一帯は、元は大きなお稲荷さんの敷地だったんだそうです。これを聞いたとたん(その時私は三十を過ぎてましたが)「何それー、そんな話聞いてないよー!」という気分になりました。中学の頃のことが頭に甦ってきていました。
すべては私の思い込みに過ぎないと言われればそれまでなのですが「もしかしたらあの歯医者が繁盛したのもお稲荷さんのおかげ?」などと思ってしまう自分がいました。
あともう一つだけ。私、濃いピンク一色の、縦に長い楕円形の虹を見たことがあるんです。雨上がりでしたが、ふつうに実家の近所を歩いていた時です。どこかがぼやけていることもなく、完全な円を描いてました。その時はとても不思議なものを見ている気はしたのですが、こういう現象もたまに起きることなんだろうと思っていました。ところが後日、地学に詳しい人から、丸い虹は凄い高所から(例えば飛行機に乗ってる時とか)しか見えないと聞いて「え、じゃああれは何だったの?」と思ってしまいました。確かに昼寝の寝起きで外に出た時ではあったけど、さすがに寝惚けてそんなものは見ないと思うんですよねえ😅。
とまあ怪しげな話を書き連ねてしまいましたが、私には霊感なんぞはまったくありません。以上、不思議なような、不思議でないような話でした😝。
註:因みにお稲荷さんのご祭神は、宇迦之御魂神または豊受大神という女神様です。狐は眷属ですね。