後楽園大会ありがとうございました!


◾️hotシュシュ後楽園大会

hot!Step!JUMP!~キク引退試合~

◆セミファイナル Ignite提供試合 10人タッグマッチ20分1本勝負

〇サンライズ164&澤村淀五郎&でかい一物&自称課長&MASA(6分51秒 片エビ固め)ジョルト田代&パンサー&月嶋ヨウ&ランバージャック&桐生健豊×

※魂のミサイルキック


沢山の思いがありました。

キクさんの試合で泣いて心揺らぎ、スターライト・キッドさん&AZMさんvs緋彩姉妹の大歓声に緊張し、ライオンプッシュアップをしながらプレッシャーと格闘。

そして入場曲Trick styleが流れました!


入場ルーティンで奇襲を受けて試合開始。

健豊さんとのドロップキックの交錯、月嶋さんのサイドバスター、青のトレイン攻撃、健豊さんのフィッシャーマンスープレックス、淀さんとの連携、健豊さんのフィッシャーマンバスター、私のドロップキック、ナイトカッター、ダブルリストアームサルト、魂のミサイルキック。

あっという間でしたが、やられてやり返して自分らしい試合でした。

チャンスを下さったhotシュシュさま、一緒に戦ったIgniteの仲間、応援頂いた皆様に感謝です!













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後楽園ホールへの思いを振り返ります。

地方の人だった私にとって後楽園ホールはテレビで視るシリーズ開幕戦なんかが行われる濃い会場のイメージでした。


初後楽園ホールは就職して2年目かな? 1つ下の後輩と一緒に、団体はFMW。

ダフ屋の方々が「無い人あるよーある人買うよー」と言いながらチケットを売っていて、開場直前には安くなっていたり😅

木のひな壇席が新鮮でした。


当時、私の応援の主軸はRINGSだったので、初FMWはオモチャ箱みたいでした。

サブゥーの動きが良かった!

今でこそ後楽園ホールは広い印象ですが、当時は大会場の試合が多く広いと思わなかった(笑)


以降、後楽園ホールの記憶は薄く、RINGSの実験リーグくらい?

RINGSが終わったとき「観るべきものは観つ」と感じ、プロレス生観戦から遠ざかりました。


それから仕事や子育ての季節に突入。

自分を消して人から求められる事だけをこなす日々。

そんな時期、妻子がいない突然の自由な日がやって来ました。


はてさて、どうしよう?

よし!後楽園ホールでやっているモノを観よう!

その日にやっていたのがアイスリボン。

初観戦でした。


女子プロを生で観たのは男子の大会に出ていた全女くらい。

(あ、つぼプロでタニーさんの試合を観てた!)

小学生がパンフを売り歩く場内に???

選手の小ささにビックリ!

動きや柔軟性の凄さにビックリ!

みなみ飛香さんのブロックバスターは衝撃的!

男子と女子の戦いも新鮮!

田村様の試合も初観戦!


メインはしもうま和美さん引退試合。

みんな生き生き戦う中、真面目そうだけど変則的な選手に目を惹かれていたら、わ!勝っちゃった!

涙がぶわっと出て来ました。

それが帯広さやかさん。

選手が握手回りするホスピタリティにも感激。

最後はプロレスでハッピー!


何でしょうこれ、何かから解放されたような。

プロレス観戦で初めての感覚。

僕だって泣いて良かったんだ!の発見。


「観てるより、やったらもっと面白い女子プロレスー!」とさくらえみさんが言ったのも衝撃!

やっていいの?超人のプロレスから人間のプロレスへのパラダイムシフト?

そこからアイスリボンにハマりました。


真琴さんの過去動画に驚き、19時女子プロレスにハマり、道場マッチにコドモを連れて行くようになり‥そんな中、3.11が起きました。


精神的につらく、救いが欲しく。

後ろめたさを感じながら足を運んだ3.21後楽園、心に灯を貰いました。

この日からプロレスは単なる気晴らしではなくなりました。


あれから沢山の後楽園の思い出がありますが、すっ飛ばします。


我闘雲舞市ヶ谷大会で田村和宏さん(当時)から受け取った運動不足解消教室のチラシをきっかけに、私の「やる方」のプロレスライフが始まりました。

ヒートアップ道場にも沢山の物語があり(またいつか!)大きな節目が後楽園ホールでの発表会でした。


直前にコロナに罹患し、大会前日に隔離から解放される綱渡り。

色んな思いを抱えて戦い、負けて天井を見つめながら、こういう時に自分は負ける側の人間なんだと自虐的に思いました。


訳あって発表会キャラ「等々力ひろし」を3度目のとどろきアリーナでそっとお墓に埋めて、私は発表会から姿を消しました。


ここからもすっ飛ばします。


朝陽さんの事がきっかけで、私はやる方のプロレスに区切りをつけるためにIgniteで活動を開始。

思いがけず自分は居ても居なくても良い存在ではなく、やるしかないポジションに。


この団体が形になるまで頑張ろう。

その先、自分のゴールをどうしよう?

考えた時、もう一度後楽園ホールにたどり着きたいと思いました。


私がIgniteに入った頃のhotシュシュさんは道場マッチを重ねる段階で、次のステップとなるインイタ大会から私達も起用されるようになった状況でした。

後楽園はまだ先と感じる一方、夢物語ではなくギリ現実的な目標かな?と。


あと2、3年後?

その頃にはIgniteも世代交代できそうだし。

前は負ける存在だったけど、その時には勝てる存在になりたいな‥


ふわっとした目標でした。

ところがキクさんの引退により、思ったより早く後楽園大会が実現!

心中穏やかならず。

Igniteが軌道に乗ったとは言えないし、キクさんの引退に自分のゴールを被せるのも違うかと。


何も考えずやる。

全力で準備して全力でチケットを売る。

やった後に心に浮かび上がる感情に従って生きれば良い、そう思って臨んだ後楽園でした。

結果は😊😊😊‼️