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アロマでホッとひと息☆広島

広島でアロマテラピー・エステティック・リフレクソロジーなどを
組み合わせたリラクゼーションサロンおよびスクール
「サロン・ド・ミント」を経営しています。

アロマのことや日々の出来事などを書いています。

アロマでホッとひと息☆広島-バリスタ


昨夜は「ヘアーサロン十日市」様主催のボーリング大会に参加してきました。

ヘアーサロン十日市様は、父を始め、夫・弟二人・甥二人・・・

男性群の髪を整えて頂いております 美容院

また、店内ではアロマの芳香浴をして下さっていることや、当店のブライダルの

お客様のシェービングをお願いしたりと、大変お世話になっております ラブラブ

毎年行われるボーリング大会、昨日は40名近い方が参加されました。


仕事を早く切り上げて参加されたり、マイボール・マイシューズの方もおられ

皆さん、気合が入っています パンチ!

私は、年末に強打した尾骶骨の痛みが少々あるため、腰を擦りながら参加・・・
1ゲーム目はガタガタでしたが、2ゲーム目はストライク4回、スペア1回出て

スコア135は、まずまずだと喜んでいますにひひ

喜ぶのはまだ早い!
ゲーム終了後のミーティングで「ネスカフェバリスタ」が当たりました!!

ネスカフェゴールドブレンドでカプチーノやエスプレッソが作れると言う優れもの

私はコーヒーでは、インスタントのゴールドブレンドが一番好きで

毎朝飲んでいます。 

それで、これまた大好きなエスプレッソが作れるとはたまりません

10年以上前ですが、ゴールドブレンドのラベルをハガキに貼って応募したら
グァム旅行が当たり、見たいと思っていた「イランイラン」の花が見れたこと ラブラブ!

DFSで買い物した時、クジを引いたらディナーショーの券が当たったことを思い出しました。

一昨日の日曜日、アロマインストラクターの授業を行なったのですが、生徒さん達にハーブティだけじゃなく、コーヒーも自由に飲めるようにしておこうと思っていた

矢先だったので、この「バリスタ」は本当に嬉しい

今度、飲んでみてね~コーヒー



アロマでホッとひと息☆広島-イランイラン


イランイラン 学名 Cananga odorata

「花の中の花」という意味をもつこの精油は、熱帯地方に生息し官能的な香りで
催淫作用恋の矢があることから、インドネシアでは新婚のカップルのベッドに花びらをまく風習がありあます。

花は黄色・ピンク・紫とありますが、黄色が最高級とされています。

このイランイラン、高級な香水によく利用されていますが、好き嫌いがハッキリ分かれる精油だと思います (苦手な方はレモンとのブレンドをお試し下さい)


好き嫌いと言えば、数年前、英会話教室の先生(オーストラリア人)が

「僕の友人でアロマのこと聞きたい人がいるから、お店に連れて行くから」と言って、モーリシャス人を連れて来られたことがありました 叫び

一見怖そうなお顔でしたが、とてもお茶目な男性でした。


モーリシャスはどこにあるのですか?と聞くと、南西インド洋に浮かぶレユニオン島の近くの島と言われました船 

レユニオン島と言えば、ゼラニウムの生産が盛んな所だわ

日本語がよくわからない先生と、全く日本語のわからないモーリシャス人、
英語が一向に上達しない私との3人の会話は、身振り手振りで

ハチャメチャでしたが何とか通じ合い・・・ガーン

アロマの説明のあと、色々香りを嗅いでもらうと、先生はイランイランを嗅いで「NO!!」と言い、モーリシャスさんは「いい香り、懐かしい香りで自分の国を思い出す。周りにいっぱい咲いていて一番ポピュラー、ゼラニウムもたくさんある」と言いました。

「今度おいで!」と言われましたが、場所も教えてもらってないのにどうやって行くのよしょぼんモーリシャスにも社交辞令があることを知る・・・

次にユーカリを嗅いでもらうと、先生は大好き!と言って、体に塗ってしまいました。モーリシャスさん「NO!Strong!!」・・・爆弾

それぞれ母国の香りを嗅いだ時、二人の表情はパッと和らぎ、全く違っていました クラッカー

生まれた時から嗅ぎ慣れた香りは、懐かしさから、気持ちを安定させることを身を持って感じたのでした。






アロマでホッとひと息☆広島-晃チケット


先週末、夫は元フィンガー5のボーカル「AKIRA」さんのプライベートライブに
行きました 音譜

フィンガー5は、1970年代に一世風靡した兄弟で結成された歌手で

あの頃の同世代は皆んな真似をしたと思います。

私は昨年行って興奮しました。今回は夜9時半スタートと言うこともあり

翌日の仕事に差し支えるので遠慮しました。 

昨年の記事 ホームページのブログより
http://www.mh-mint.com/diary2/sfs6_diary.cgi?action=article&year=2012&month=10&day=07&mynum=510


1970年代はオーディション番組が盛んで、同年代の人たちが歌手に

なっていた時代で、自分もなれていたかもと勘違している頃でした。

勘違いの発端は、幼少のころ見てもらった手相。当時大阪に住んでおり

父はよく私と弟を道頓堀など、夜のネオン街を連れて歩きました。夜の街 

ある時、ちょこんと椅子に座らされ、それが手相でパー 目の前のオバサンは
「15歳になったら歌手になるよ」と言い、私はそのひと言で15歳になったら歌手に

なるんだと思っていました。その一言はとても衝撃でした。

その後、家では二人の弟を無理やり観客にし、登場するときには声援を送らせ

握手を求めさせ、今でいうイメージトレーニング クラッカー

時は流れ、現実がわかり始めた6年生の時、譜面も楽器もできませんが、よく歌を作っていました。そのことを作文に書いたところ、先生から皆んなの前で歌うように言われ、歌ったことがあります。

代表作「ロングスカートの女」 を熱唱 カラオケ

当時、ミニスカートの大流行からロングスカートに変わりつつある時代で、

ロングスカートは大人の女性のイメージで憧れでした。 

歌い終わって皆から拍手をもらい、先生は

「歌と歌の間にセリフがあるのは面白いぞ!!」と言ってくれました。


特に歌が上手いわけでもないのに、度胸だけはあったようです。

今でも歌は覚えているのでご希望があれば、歌いますよ! 

1970年代は、今の様に便利な時代ではなかったですが

とてもいい日本だったかも・・・