長男の期末試験が終わった。
家では、自ら勉強をしている様子が見られず、自動的に
「勉強は?」
と、聞いていた。
私の内側が、そわそわ、ざわざわして、勉強する姿を確認出来る迄、勉強しないデメリットをこんこんと言いたくなった。
しかし、そう考えている時の気分が悪くて、焦っている事に気が付いた。
更に内側を丁寧に見ると、長男=自分の存在より試験結果がいい事の方が価値があると思っている事に気が付いた。
私が学生時代から、勉強していい点数を取らないと家に居られないと、ずっと不安を抱いていた。
もうそこには居たくないと思った。
そう思った瞬間に、
「息をしていてすごいね❗生きててくれてありがとう❤️」
と、言っていた。
言った後に、スッキリした。心がほわぁん、ともした。
勉強が出来ていない事に注目するのでなく、努力せずに当たり前に出来ている事に気が付いて、
「出来てるね❗」
と、伝えてあげる。
これが、現実を無視するということなんじゃないかなと思った。
何故、呼吸している事に注目するかというと、以前に長男は、インフルエンザが重症化して呼吸困難になり、救急車で運ばれた事がある。
障害者施設で働いていた時に、保育園児で人工呼吸器をつけていた子や、高校生で胃ろうをして、唾、痰がのみ込んだり、吐き出せずに、すぐに誤嚥性肺炎になる子達を見ていた。
その子達を見ているときに、
「どうか今日も呼吸が楽に出来て、無事に生きていられますように」
と、祈りながらケアをしていた。
だから、息をしているって改めて素晴らしい事だと、ようやく素直に思えるようになってきた。
今までは、ちゃんとしなくちゃ!が強すぎて、周りの世界が恐怖でしかなかったけど、ちゃんと出来ていない息子達が私の目の前にいて、生きていてくれているという事が有り難いなぁと思える。
試験結果は、下は20点台~上は70点台だった。
昔の私の様に、下が80点台以上は取らないと親に認めて貰えないという恐怖は、与えてはないのかなと思っている。
長男は、70点台が2教科あったので、満足していた。
私は、何でも無理やり出来るようにさせなくなった自分に満足している。
現実を無視するということは、嫌な事から無理やり目を反らすとは違い、今、出来ている事で有り難いに気付く事、いつまでも変えたい現実を見続けて変えよう❗としない事、抵抗しない事なんじゃないかなと思う。