子育てで1番難しかったことは

子離れでした。


長女が専門学校に行っていた時

受講しなければならない科目の期限が切れて

受講料を追加で払って再受講しないと

卒業見込みがもらえず

内定ももらえない

と泣きついてきたことがありました。


私は学校側に腹が立って

高い授業料を払っていて

担任も副担任もいるのに

そうなる前に

なぜ声をかけてくれなかったのか

と学校に電話しました。

すると学長が電話口に出て

こう言いました。


お母さん、ここは専門学校です。

もう彼女は高校生ではありません。

大学生でもありません。

スケジュールを掲示板に貼っています、

アナウンスもしています、

それを確認しなかった本人の責任なんです。

ここは社会の入口です。

いつまでもお母さんが窓口ではありません。

社会に出ていく練習の場だと考えてください。

社会に出れば自分の行動や判断、発言に

責任を持たないといけないということです。


と逆にお叱りを受けました。

ハッとさせられましたね。

一言言ってやろう、

って意気込みはどこへやら

シュンとなって電話を切りました。

納得です、勉強させられました。


その後、航空会社の入社試験が始まります。

そこでまた、私はハッとさせられることになります。


就活が始まり、

キャビンアテンダント希望の娘は

本番に向けての場慣れのため

先に募集があるグランドスタッフの

入社試験を数社受けました。


その度、東京や九州に

飛行機や夜行バス、新幹線などで

一人で向かうのですが

そんな時、事件は起きました。


明日福岡に飛行機で行く予定だというのに

チケットが取れていないことが判明。

お金も振り込んだのに、と

半泣きの娘。

とりあえず問い合わせてみたところ

入金はされているけど

娘の名前がない

とのこと。


初めて自分で飛行機代を振込したものの

振込自体が初めてで

振込先と振込人名義が

きちんと入力されていなかったのが原因でした。


結果、原因がわかり、

チケットは取れて

無事九州に飛べたのですが

もどかしかったです。

言ってくれたらママが振り込んだのに

かわいそうなことした、と思いました。


でもそうじゃないんですよね。


ここで私ができたことは

なんでもかわりにやってあげるんじゃなく

振込の仕方を教えてあげることだったんです。

いや、なんならこの失敗で

娘は2度と間違うことはなかったし

むしろいい経験になったのだから

よかったよかった

ホンマあんたはどんくさいなぁー

とバシバシ背中を叩いて

笑ってればよかったんです。


ハッとしましたね。

もうやってあげる子育ては

終わったんだな、と。


手を離すのが最後の子育てなんだ、と。


子育てなんか、マックスできて18年。

それ以上はもう自分の意志責任で行動していく。

子供に関わることは一生できるけど

お母さんとしてお世話してあげる時間は

限られていたんだなぁと

実感させられた瞬間でした。


それから娘は無事希望の航空会社に

キャビンアテンダントとして内定をもらい

早期入社で在学中に就職となり

学校に籍を置いたまま

羽田での一人暮らしが始まりました。


卒業式に合わせて帰ってきた頃には

驚くほどグンと大人になっていました。


あんなに泣き虫で怖がりで

どんくさかった娘が

いっぱしの社会人となり

東京で一人暮らしをし

なんなら卒業式で

優秀な生徒数名に贈られる賞もいただき

スルスルと私の手を抜けて

きちんと自分の足で

ステキな大人の女性となって

社会にふみだしていったのです。


嬉しい気持ち

寂しい気持ち

誇らしい気持ち

色んな想いが込み上げて

涙が止まりませんでした。


いつもギュッと抱きしめて

大事に大事にしていたかったけど

最後はそっと手を離す、

子育ての最後の難関でした。


つらかったー😭


それでも子育てという贅沢を

味わわせてくれてありがとう

しかない❤️


あの時私にとってはキツイけど

的確な言葉を投げてくださった

学長にも感謝しかありません。


子供の年齢が母親業の年数、

お母さんも子供同様、

日々気付きと学びの連続なんだと

今も子離れ訓練中の毎日です🤣