6年生に進級。
6年生の新しいクラスは知っている子も多く馴染めそうだったので
しかし、大きな問題があった。
6年生にもなると授業は高度な内容となり全く理解することはでき
しかし、私は下校すると必ず教科書を読むようにしていた。
それは、教科書の漢字にルビを振る作業をしなくてはならないからだ。
私のいたクラスでは、席順に教科書の音読をさせるからである。。
私は、ルビを振っていない漢字は読めないからである。
音読をする際、読めずに沈黙し周りから教えられるのが悍ましいからだった。
ただ、それだけで毎日教科書の漢字にルビを振る作業をしていた。
両親は私が毎日教科書を家で開くの見て勉強していると関心していたが、違うのだ。勉強なんかしていなしするつもりは一切ない。
プライドの高い自分は間違え、みんなの注目を集めるたくないだけだった。
無論、一学期のテストは散散たるものだった。社会と理科以外、
卑屈でプライドの高い自分には屈辱的だった。
そして、
無気力になった私は、授業中ただ、うつむき45分座っている。
ただ、恥をかきたくない一心で漢字のルビを振る作業だけは必ず行っていた。
しかし、学校生活はなかなか充実していたと思う。
春の遠足にも行った。夏休みの自由研究も初めて提出した。仲良くなった子と一緒にカブトムシの観察日記をつけたからである。
1泊2日の修学旅行も参加した。
初めての事ばかりだった。観光バスに乗るのも大きなお風呂に大勢で入るのも親以外と一緒に寝るのもすべて初めての体験だった。
いい思い出ばかりでもなかった。
Bさんという男の子がいた。彼は成績優秀なうえスポーツも万能、テレビで当時流行っていた芸人のモノマネもするクラスの人気者だった。
ただ、
彼は、勉強ができなかった私を事あるごとに責め立てきた。
社会の授業での班学習があった。
その班を決める際に、私と一緒になったBさんは「茶路丸は、バカだから一緒になりたくない」とみんなの前でいった。
さらに、Bさんは「社会の授業がある日は休めよ」と私に問い詰めてきた。
私は、何も言い返せなかった、苦笑いするだけだった。
自分のような落ちこぼれがクラスの人気者に何も言えるはずがない。
体育授業でバスケットボールした時、私にわざとボールをぶつけてきた。Bさんは、「よけろよ、薄ノロ」と吐き捨てた。
このときも、私は苦笑いするだけだった。