小学校6年生の冬
年明けから私は1週間のうち3日位しか登校しないようになった。
勉強がさらに付いて行けなくなったのもあるが、クラスのお荷物ような存在となり登校しにくくなった。
勉強も運動もできない私はみなから疎まれていたのである。
年明け最後の行事スピーチ大会があった。
私は来たり来なかったりだったので、練習にはほとんど参加していない。
たまたま、スピーチ大会の練習があった日登校した。その日は、最後の予行練習だったのでみんなピリピリとしていた記憶がある。
あるクラスメイトから「お前が来ると今までの練習台無しになる、帰れよ」いわれた。
その場にいた別の子には「茶路丸君が家でゲームしていた間、私達は練習していた。みんなの邪魔をしないで学校に来ないで」などいわれたはずである。
私は何も言い返す事が出来なかった。
休憩時間中もひとりで、飼育係の仕事であった、ウサギの餌やりや小屋掃除をするだけだった。
自分に独りの方が気を遣わなくて良いよ言い聞かせていた。
そして、
皆が運動場にサッカーやドッチボールするため飛び出して行くの見ているだけである。
運動が苦手な私は一緒に遊んでも、足を引っ張り気を遣われるのが嫌だったし、
嫌味や馬鹿にされるのが苦痛だった。
卒業式を迎えた。
式の朝、私は親に買ってもらた式の服に着替え登校した。親は私が愚図らず卒業式に参加してくれ喜んだようである。
小学校6年間の全登校日数は、おそらく1学年程度もないと思う。
しかし、卒業できて純粋に嬉しかった。